情報操作と詭弁ー論点の誤謬

曖昧な回答

情報操作と詭弁論点の誤謬論点回避曖昧な回答

曖昧な回答

Ambiguous answer / Answering a question ambiguously

質問に対して曖昧に回答することで論点から逃げる

<説明>

「曖昧な回答」は、質疑応答において自分に不都合な質問から逃げるため、論点となる疑義に対して可否を十分に示すことなく曖昧に回答するものです。狡猾なマニピュレーターは、疑義と関連性をもつ言葉を散りばめることによって論点を【迂回 circumlocution】し、何とでも解釈できるような【曖昧 ambiguity】な回答を行うことで論点を無効化します。これは【論点曖昧】のテクニックを利用した【論点回避】と言えます。

誤謬の形式

論者Aが論者Bに質問QAをする。
論者Bが質問QAの疑義の可否を十分に示さずに回答する。
論者Bにとって都合が悪い質問QAの存在が忘れられる

<例>

<例1>

部品メーカー:我が社の部品をご利用いただけませんか。
機械メーカー:前向きに検討したいと思います。

「検討します」「検討したいと思います」「検討しています」「検討中です」は、しばしばビジネス上の方便として使われる曖昧な回答です。

<例2>

先生:机にマジックで落書きしたのは誰ですか?
生徒:誰かだと思います。

先生の質問の論点は、落書きした人物を特定することですが、不特定の人物を指す不定代名詞である「誰か」では人物を特定することはできません。

<例3>

警察官:あなたはスピード違反を犯しました。時速10kmオーバーです。
ドライバー:この道は深夜には誰も通行しません。事実誰も通行していません。時速10kmくらいオーバーしても誰にも迷惑はかかりません。
警察官:スピード違反は正しくない行為ですよ。そうでしょ?
ドライバー:あなたは正しくないと思うかもしれないが、私は正しくなくないと思う。

「思う」という【認識 recognition】や「かもしれない」という【当て推量 guess】などの主観的なフレーズは曖昧な回答に多用されます。また、このドライバーは、個々の行為の効用を最大化することを善とする【行為功利主義 act-utilitarianism】の立場でスピード違反を正当化していますが、一般に法律は社会の効用を最大化する目的で立法機関が定めた規範に反する行為を悪として行政機関および司法機関が社会を運営する【規則功利主義 rule-utilitarianism】の立場に基づいています。森羅万象が生じる現実世界の環境下において個々の行為の善悪の判定基準は自ずと曖昧になるため、規則功利主義に基づく法の遵守を義務として社会を運営することが、法治国家の現実的な手段と言えます。その意味で、このドライバーの主張は曖昧であり、妥当ではありません。

<事例1>都政はブラックボックス

<事例1a>テレビ朝日『モーニングショー』 2016/08/02

玉川徹氏:(豊洲市場の移転問題についての)報道に対する(東京都の)姿勢なんですけど、いかがですか。

小池百合子東京都知事候補:多分私をお選びいただけるのならば、私の最大の味方はメディアになると思います。そう言う意味では情報公開は積極的に行っていきたいし、メディアの皆さんがいろいろとチェックをしていただく、それとともに進めて行きたいと思っています。

<事例1b>テレビ朝日『モーニングショー』 2016/08/04

小池百合子東京都知事候補:(税金のムダをどうやってなくすかについては)まず情報公開ですね。情報公開することによって普段から何らかの形で伝えるのが結局都政改革に繋がる。つまり予算に無駄がないかどうか。情報が出ないときは私に言って下さい。できるだけその情報を出させるようにします。そういう形でまず情報公開しなければ都政改革は進まないと思いますよ。私は何度も「ブラックボックス」と言っているんだから「ブラック」でない「ボックス」をお見せるのが一番必要なことだと思う。

<事例1c>小池百合子都知事記者会見 2017/08/10

記者:豊洲市場の移転問題について、知事が公表した豊洲と築地と双方に市場機能を残す方針について、財源や運営費など検討した記録が都に残ってないことが毎日新聞の情報公開請求で明らかになりました。最終判断が知事と顧問団による密室で下されて、情報公開という知事の方針に逆行するという指摘もあります。知事の所見をお願いします。

小池百合子都知事:情報というか、文書が不存在であると、それはAIだからです。最後の決めはどうかというと、人工知能です。人工知能というのは、つまり政策決定者である私が決めたということです。回想録に残すことはできるかと思っていますが、その最後の決定ということについては、文章としては残していません。「政策判断」という一言で言えばそういうことです。

小池百合子東京都知事候補は、都政における過去の自民党の「政策判断」を「ブラックボックス」と非難し「情報公開」を公約に掲げることで都知事に当選しました。しかしながら、その重要政策である豊洲市場移転問題に対する小池都知事の政策決定プロセスは、曖昧で検証不可能な「ブラックボックス」そのものでした。小池都知事は、自分をAI(人工知能)に喩えて、客観的根拠を示さない自身の意思決定を「政策判断」であると正当化しました。これは過去に自民党が行ってきた「政策判断」のプロセスと全く変わりがありません。そもそも分析判断 analytisches Urteilが不可能で【総合判断 synthetisches Urteil】が必要となる事案は、選挙を通じて負託を受けた市民の代表が「政策判断」で意思決定するしかないのです。なお、非線形な数式処理の集合体であるAI技術は数学的には典型的な「ブラックボックス」に他なりません。

<事例2>食のテーマパーク

<事例2a>小池都知事記者会見 2017/06/20

小池百合子東京都知事:築地市場につきましては、5年後を目途にして再開発をしていく。そして、環状二号線でございますが、オリンピック前に開通をさせます。そして、その後、築地市場の跡地は当面オリンピック用のデポ、輸送拠点として活用します。その後、食のテーマパーク機能を有する新たな市場として、東京をけん引する一大拠点とするという考え方です。それから二番目。豊洲中央卸市場ですが、冷凍、冷蔵、物流、加工などの機能をさらに強化することによって、将来にわたる総合物流拠点にもなりうるという考え方です。(中略)築地と豊洲、築地のブランド力と地域の魅力を一体化させた食のワンダーランドを作りたいと考えてます。

<事例2b>小池都知事記者会見 2019/01/25

記者:築地の跡地の再開発についてですが、先日まちづくりの方針の素案が出て、MICE中心に整備をしていく案が示されたということの評価と、一方で大規模集客施設とか交流施設という話はありますが、知事としては、どのような施設のイメージが望ましいと考えられますか。

小池百合子東京都知事:あの23ヘクタールという大規模な、某新聞社の真ん前にある素晴らしいロケーションです。都として活用するパブリックの部分と、それから国際的なさまざまな、「舞台」と称していますが、「都民に開かれた舞台」ともなる大規模集客・交流施設という形で築地まちづくりの素案に書いてあるわけです。そこは、ウェルネスであるとか、文化・芸術など、さまざまな取組を行うというような形で、東京ブランドが創造・発信されるMICEであるべきと考えて、その考え方が盛り込まれたということです。

記者:知事の元々のご発言では、一昨年6月の段階では食のテーマパーク機能を有する新たな市場として整備するという発言があって、そことの整合性がどうなっているのか。当時イメージしたのは、築地にも市場機能が残ると多くの人が思ったと思いますが、魚介や青果を取引するような市場機能を持たないのであれば、それとは違う形になると指摘されています。ご説明お願いできますか。

小池都知事:市場機能については、豊洲市場を中核的な卸売市場にしていくとかねがね申し上げてきました。また、市場移転に関する関係局長会議の中では、将来、築地に戻ることを希望する仲卸業者に応えるための方策に関しての検討を、豊洲市場移転後の状況を踏まえながら行うという発言があります。まずは市場の状況を見る必要もあろうかと思っております。それから、食のテーマパークというのは、いろいろ捉え方にもよることだと思いますが、ウェルネスの部分でも、食というのも一つの課題ではないかと思います。むしろ大きな発想でもって、この築地という地域をしっかりと活用していただければと思っています。

「築地は守る、豊洲を活かす」「築地を食のテーマパーク機能を有する新たな市場として、東京をけん引する一大拠点とする」という曖昧な築地再整備計画を宣言して2017年の都議選で大勝利した小池都知事ですが、『小池劇場』が幕を下ろし、計画の破綻が顕在化すると、都民に対して明確な説明もなく計画を大きく方向転換しました。その整合性を問われた小池都知事は「検討を豊洲市場移転後の状況を踏まえながら行う」という過去に局長会議であった一つの発言を根拠にして「まずは市場の状況を見る必要もあろうかと思う」とする曖昧な回答をしました。結局は「食のテーマパーク」という言葉自体が曖昧な表現であったということです。