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Argumentum ad exemplum / Attacking the example
特定の言説に対し、そのたとえ話を攻撃して否定する
<説明>
「例え話への攻撃」とは、言説の本論ではなく、言説を平易に【説明 explanation】するための【補助 supplement】である【例え話 example】を攻撃することで言説を否定する論点相違の誤謬です。
事物の説明に使う例え話には、架空に創った【フィクション fiction】と事実を記述した【実話 actual fact】との2種類があります。この『メディア・リテラシー』でも「フィクション」を【例 illustration】として「実話」を【事例 case study】として例示しています。
「フィクション」の例え話は、論点が明白に示されるよう任意に創られた仮定に基づくシミュレーションであり、必ずしも現実的である必要はありません。これはあくまでも推論の理解に役立つ補助的な説明を行う道具であり、その論点以外の内容を根拠に論点の事実を否定することは不合理です。
一方、「実話」のたとえ話は、実話の特定の内容と論点との類似性に基づくシミュレーションであり、必ずしも実話の条件が議論の条件と完全に一致している必要はありません。これもあくまでも推論の理解に役立つ補助的な説明を行う道具であり、その論点以外の内容を根拠に論点の事実を否定することは不合理です。
繰り返しますが、例え話はあくまでも言説の理解を平易にするために行なう補助的な説明であり、それを帰納的に使って言説を立証するものではありません。この誤解が「例え話への攻撃」を生じさせるのです。
言説Sの説明に使われた例え話Eは不適切である。
したがって、言説Sは偽である。
<例>
<例>
小学校の先生:ここで問題です。花子さんが50円のジュースを買うのに10000円札を店の人に渡しました。お釣りはいくらでしょうか?
小学校の生徒:先生、ちょっと待って下さい。今どき「花子」なんて名前の人は殆どいないし、ジュースが50円というのも安すぎます。今、消費者物価がコアコアでどれだけ上がっているか認識していますか。ところで、消費税は内税ですか外税ですか。いずれにしても50円の商品を買うのに10000円札で支払うなんてマナー違反です。そもそも電子マネーで支払うからおつりの計算など意味がありません。リアリティーのかけらも実用性のかけらもない子供騙しの問題設定はウンザリするのでやめて下さい。
生徒は先生が出題した問題に答えようとせず、問題の設定を問題視しました。これは「例え話への攻撃」に他なりません。なお、お気付きのこととは思いますが、この例自体、リアリティは全くありません。ただし「例え話への攻撃」を説明するには、そこそこいい線行っているかと思います。例え話とはこういうものです(笑)
<事例1>アベ君とアソウ君とスガ君
<事例1>衆・平和安全法制に関する特別委員会 2015/07/08
緒方林太郎議員(民主党):存立危機事態に関して、昨日の夜、自民党のインターネット番組(カフェスタ)で、安倍総理大臣が、存立危機事態を説明する具体例として「アベは生意気なやつだから今度殴ってやるという不良がいる、友達のアソウさんと一緒に帰り、三人ぐらい不良が出てきていきなりアソウさんに殴りかかった、私もアソウさんを守る、これは今度の平和安全法制で私たちができることだ」というお話をされたそうです。中谷大臣も同じ認識でしょうか。
中谷元防衛大臣:これは、火事の例とか泥棒の例とかいろいろありますけれども、国民の皆さんにわかりやすく、身近な問題として、安全保障とか危機管理をどうするべきかということをわかりやすくお話しされた、その一例ではないかと思っております。
緒方議員:この例で、ちょっとおかしいんじゃないかと思うところがございまして、アベは生意気なやつだから今度殴ってやるという、その意思を持っているだけなんですね。意思を持っているだけであります。これだけで存立危機事態が生じ得るというふうに思われますか、大臣。
辻元清美議員(民主党):今、国民の不安で、テロや戦争に巻き込まれるのではないか、また立憲主義の根本が壊されるのじゃないか、非常にシビアな話をしているんですが、自民党のカフェスタ。ここで、安倍総理はおとといから出演されておりますが、きのう、スガさんも登場するんですよ。スガ君の家でスガ君が助けてと言っても、よその家には助けに行けない、でも、自分が何か危険を感じていて、強いアソウ君に守ってもらうというような事例なんですよ。私、軽過ぎると思います。これが国民にわかりやすい議論ですか。私、思うのは、国民の皆さんは本当によく勉強されています。立憲主義ということも一から勉強されている方がたくさんいらっしゃるんですよ。ところが、スガ君だ、アソウ君だ、アベ君だ。私は、こういう姿勢そのものが、安倍政権は一体どうなっているんだと。
菅さん、これはやめさせた方がいいと思いますよ。これは安倍さんの個人的な行動ですか、何ですか。菅義偉国務大臣 ここは、まさに自民党のカフェスタというところで、国民の皆さんの理解を進める中で、総理が出て多くの方に聞いていただけるというのは、ある意味では理解を進めるための一つの手法じゃないでしょうか。
安保法制に関する国民の理解が進んでいないと野党が一斉攻撃する中で、自民党が広報活動の一環として使ったフィクションの例え話に対し、民主党議員が噛みつきました。
政治家が、その政策をあまねく市民に平易に理解してもらうためには、複雑な部分を可能な限り取り除いて本質の部分のみを残したシンプルな例え話を使って説明を始めるのが合理的です。学習の初期段階においては知識の修得には自ずと限界があり、複雑な知識については理解のレベルが深まるにつれて取得していくのがノーマルな学習方法です。もちろん、自民党が法案の内容を隠しているわけではありません。法案が国会に提出された段階ですべての内容は開示されており、人々の学習意思を妨げるものではありません。
そんな中、緒方議員は例え話で十分に表現できなかった部分について「おかしい」として批判を展開しました。例え話は、その性格上、必ず不完全であるため、揚げ足を取ろうと思えばいくらでも批判可能なのです。一方、辻元議員は、アベ君、アソウ君・スガ君が登場する例え話の想定が「軽過ぎる」という自分本位の倫理的価値観を振りかざした論理的根拠のない批判を展開しました。これらは「例え話への攻撃」であり、国民の命に強く関わる議論において論点をすり替えた重大な欺瞞に他なりません。
<事例2>パートの給料が25万円
<事例2a>衆・予算委員会 2016/01/12
西村智奈美議員:きょう確認をしたいのは、先日予算委員会に対する安倍総理の答弁についてであります。総理はこういうふうに答弁をされました。実質賃金の減少について「パートで働く人がふえていく、働いていなかった妻が働き始めたら25万円、例えば私が50万円」つまり何を言っておられるかというと「パートで働く妻が月25万円、そして夫、男性の方が50万円、それで収入が75万円にふえて、足して2で割るから実質賃金の減少が、そういうふうになって平均が下がるんです」と。何かこの話を聞いていて、ちょっとおかしな説明だなというふうに思っておりましたら、帰ったら、その日、直後からネットでさまざまな批判や疑問が渦巻いておりました。一体、パートの現状をわかっているのか、25万円ももらえるパートがどこにあるのか、あったら教えてほしい、こういうことなんですね。かわって私の方から伺いたいと思います。総理は、パートの月収、大体平均してどのくらいもらえるというふうに思っておられますか。
安倍内閣総理大臣:私は、例えば私が50万円のときは、家庭では、安倍家の平均というのは50万円になります。しかし、妻が働き始める、例えば25万円で働き始めたら安倍家の収入は75万円になりますが、平均は75÷2になるわけでありますから、これは50を下回っている。そうなりますと、平均賃金は下がったかのごとく見られるけれども、それはそうではなくて、大切なことは、安倍家の収入は75万円にふえたわけでありますから、つまり、これは総雇用者所得で見なければならない、こういうことであります。これを私は申し上げたわけでございまして、大切なところは、ポイントはそこなんですよ。
西村智奈美議員:悲しくなりますね、今の答弁。全く実態がわかっていない。女性で、主婦で、働き始めて25万円もらえる仕事が一体本当にどこにあるのか。強いて言えば、50万円、正社員で得られる男性、女性、正規の社員の仕事というのは、50万円というのは一体どのくらいありますか。例え話だというふうに言うかもしれません。だけれども、そこはやはり基本線を押さえた上で答弁をしていられるかどうかという、まさに安倍内閣の感覚を問うているんですよ。そういう感覚がずれている人が、私は、雇用政策なんかまともにとれないというふうに思います。
西村議員は、安倍首相の言説の本論ではなく言説のたとえ話を攻撃しています。安倍首相が提示したような架空の例に対して写実性を求めることは無意味であると言えます。例え話に用いる数値が社会の代表値でなければならないと考えるのは西村議員の個人的な思い込みです。例え話に使った数値を根拠に安倍首相の庶民感覚がずれているとするのは、大きな【論理の飛躍 jumping to conclusions】です。そもそも、月額130万1000円の給料に加えて、文書通信交通滞在費なる領収書不要の金を月額100万円も受け取っている西村議員のような高給取りの国会議員がこのような枝葉末節の議論を国会の予算委員会で延々と続けている方が庶民感覚からずれています。
<事例2b>衆・予算委員会 2016/01/13
山尾志桜里議員(民主党):1月8日のこの予算委員会の中で、総理は、夫50万、妻25万という例え話を出されました。この妻25万という御発言が、これはパートの実態をわかっていないんじゃないか、女性が働いている環境を御存じないんじゃないか、相当感覚がずれているんじゃないかという声が国内で広がっています。これは、1月11日、フランスのル・モンド紙です。「厚労省によれば、従業員5人以上の会社におけるパートタイム労働者の平均賃金は月額96638円、フルタイムで働くサラリーマンの平均給与は35万2094円である。首相の発言に対する反応はすぐにネット上にあらわれた。パートタイムで月収25万円、不可能。私は週6日休暇なしで働いて、残業して15万円。パートの平均時給1000円で働いたとして、25万円に到達するためには月に32日働かなくてはいけない。」
首相の平易なラウンド数値を用いた例え話に対して、厳密な平均値を出して批判しても何の意味もありません。例え話に用いる数値が実際の値と一致する必要は全くありません。
<事例2c>衆・本会議 2016/01/14
宮崎岳志議員:予算委員会で安倍総理は、パートで働く人がふえていく、妻が働き始めたら、我が家の収入は、私が50万円で妻が25万円なら75万円にふえるがなどと発言されました。総理、25万円ももらえるパートがどれだけいるんですか。甚だしい庶民感覚の欠如であります。日本じゅうの女性が非難をしております。
架空の例示の設定値に対する低次元な批判は本会議でも繰り返されました。首相の人格を貶めるために、月額130万1000円を受け取っている議員がこのような幼稚な思考停止の議論を止め処なく行われていたことは国民にとって極めて残念なことです。国会にはレフェリーはいないので、国民がこのような議員を退場させない限り、誰も止めることはできません。
<事例3>プーチン大統領は戦国武将
<事例3>東京新聞 2022/04/26
■プーチン大統領は「戦国武将」? 顧客は「生娘」?
ロシアによるウクライナ侵攻を巡り、安倍晋三元首相が講演した際、各国から非難を浴びるプーチン大統領をこう例えた。「力の信奉者。戦国武将みたいなもの」。
(中略)
発言が飛び出したのは、21日に東京都内で開かれた夕刊フジ主催のシンポジウム。プーチン氏を「非常に合理主義者で、基本的には力の信奉者」と表現。「言ってみれば戦国時代の武将みたいなもの」と続け、「例えば織田信長に人権を守れと言っても全然通用しないのと同じ」と語った。
ウクライナで多数の命が犠牲になる今、戦国時代に織田信長。ピントのズレに違和感を抱く人は多い。
「戦争を知らない政治家の言うことだ」。ぽつりとつぶやいたのは、駅前で靴磨きを50年以上続ける〇〇さん(90)。
浜松市出身の〇〇さんは戦争末期、海辺に近い高台から艦砲射撃を目撃したという。「船同士がボンボンボンって撃ち合ってけんかしていた。弾が人に当たると、人間が一瞬パンって跳ねて動かなくなる。モノ同然。忘れたことはない」。そしてウクライナを憂い「あの光景は昭和20年の日本にとても似ている」と言葉に詰まった。
半世紀もの間、新橋の地べたに座って得た鉄則は「偉い人ほど頭が低い」ということ。「戦争をする人は正反対で、頭ずが高い。日本の政治家も偉そうなことを言う」。例え以前の問題と言葉の軽さに閉口した。
営業職の男性(55)もそう。「早く落としどころをつけ、戦争終結に尽力するのが政治家の使命。400年以上前の話を持ち出す場合ではなく、元首相としてできることを」と訴える。
歴史好きという飲食店経営者の男性(50)は「『人権』って概念は近代以降で、おかしな話。『織田信長に人権』って、そりゃ通用しないでしょうよ。元首相として極めてお恥ずかしい発言」と切り捨てた。
安倍元首相が、ウクライナへの一方的な武力侵略を進行中のプーチンは紛れもない「力の信奉者」であり、同様に他国を武力で侵略して統治した戦国時代の武将も紛れもない「力の信奉者」であり、織田信長はその典型です。力の信奉者は力をもって権力を握るので人権感覚がないことは自明です。したがって、安倍元首相の実話に基づく例え話は極めて妥当です。
これに対し、東京新聞は違和感を抱く人が多いとして、支離滅裂な論点のすり替えによって非論理的に例え話を罵倒する街の声を多数紹介することで、安倍元首相の人格を貶めています。これは恐ろしい言葉の暴力であり、人権侵害に他なりません。まさに力の信奉者のなせる業です。