情報操作と詭弁ー論点の誤謬

拡大解釈の誤謬

情報操作と詭弁論点の誤謬論点歪曲拡大解釈の誤謬

拡大解釈の誤謬

Fallacy of extension

論敵の言説を不当に拡大解釈して、その点を批判する

<説明>

「拡大解釈の誤謬」とは、論敵の言説を不当に拡大解釈して、その拡大解釈した点について批判するという論点歪曲の誤謬であり、ストローマン論証の一つです。詭弁を使うマニピュレーターは、前提を意図的に歪曲することで自分にとって好都合な結論を導きます。

誤謬の形式

Aが言説SAを主張する。
BがAが主張する言説SAを拡大解釈した言説SAを偽造する。
Bが言説SAを偽と証明する。
したがって、Aの言説SAは偽である。

<例>

米国市民は進化論を信じていない。
したがって米国市民は非科学的だ。

米国では多くの市民がキリスト教を信仰し、その創造論を様々な解釈で受け取っていますが、そのことを根拠に「米国市民は進化論を信じていない」とするのは【軽率な概括】であり、真ではありません。また、誤った知識をもっていない人間は事実上存在しないことから、「進化論を信じていない」ことを根拠にして「進化論を信じていない人」の全体的評価を「非科学的」とするのも帰納的には強いとは言えません。さらに進化論の体系のすべてが真であるとは限らないので、それを信じないことを「非科学的」と断ずることは演繹的に妥当ではありません。このように言語的な曖昧さによって不備が存在する論証は、言語の曖昧さの拡大解釈によって成立しています。この拡大解釈が論点を歪めるのです。

<事例1>総理大臣も国会議員も辞める

<事例1a>衆・予算委員会 2017/02/17

福島伸享議員(立憲民主党):あえて言いますけれども、この小学校の名誉校長とされているのが安倍昭恵先生という方で、右を見ると、安倍晋三内閣総理大臣夫人と書いております。この理事長の籠池先生の教育に対する熱い思いに感銘を受け、このたび名誉校長に就任させていただきましたと。この事実、総理は御存じでしょうか。

安倍内閣総理大臣:この事実については、事実というのはうちの妻が名誉校長になっているということについては承知をしておりますし、妻から森友学園の先生の教育に対する熱意はすばらしいという話を聞いております。ただ、誤解を与えるような質問の構成なんですが、私や妻がこの認可あるいは国有地払い下げに、もちろん事務所も含めて、一切かかわっていないということは明確にさせていただきたいと思います。もしかかわっていたのであれば、これはもう私は総理大臣をやめるということでありますから、それははっきりと申し上げたい。

(中略)

安倍総理:なぜそれが当初の値段より安くなっているかということは、これは理財局に聞いて、もう少し詳細に詰めていただきたいと思いますし、認可においては、大阪府に確かめていただければいいことであって、私に聞かれてもこれは全くわからないわけでありますし、繰り返しになりますが、私や妻が関係していたということになれば、まさに私は、それはもう間違いなく総理大臣も国会議員もやめるということははっきりと申し上げておきたい。

<事例1b>参・予算委員会 2017/03/26

福島みずほ議員(社民党):総理は二月十七日、私か妻が関係していたら総理大臣も国会議員も辞めると言いました。このフレーズ、この言葉の中に別に払下げもそれから認可という言葉も入っておりません。私か妻が関係していたら総理大臣も国会議員も辞めると言いました。関与とも、それから不当な働きかけ、働きかけとも言っていないんですよ。関係、この委員会の中で安倍昭恵さんの関係というのは、もうたくさんたくさん私たちは言ってきたというふうに思っております。(中略)ですから、私か妻が関係していたら総理大臣も国会議員も辞める、これはそのとおりお辞めになるべきだと思いますが、いかがですか。

安倍総理:二月十七日には既に、妻は名誉校長になっているという事実は分かっている、何回も訪問しているということは私も分かっているし、ここで議論になっています。それを踏まえた上で私は答弁をさせていただいているわけでございますが、いずれにいたしましても、繰り返し申し上げますが、私も妻も一切、この認可にもあるいは国有地の払下げにも関係ないわけでありまして、なぜそれが当初の値段より安くなっているかということは、これはもうということでお答えをさせていただいているわけでありまして、そして最終的には、私や妻が関係していたということになれば、まさにこれはもう私は、それは総理大臣も国会議員も辞めるということははっきりと申し上げておきたい。これをちゃんと全て読んでいただかなければならないわけでございまして、こういう文脈で申し上げている。これ、恐らく福島委員もこれ読んでおられるんではないかと思いますが、その途中、途中を全て省かれますと、見ている国民の皆様が誤解をするわけであります。あるいはまた、そういう意図をしたというふうには思いたくないわけでございますが、こういうことはお互い国会議員として正確な情報を国民に発するべきではないかなと。

福島みずほ議員は安倍首相の森友学園の事案に「関係していたら」という言葉を拡大解釈して森友学園と「知り合い関係にあった」ことを根拠に首相の辞任を要求しました。このやり取りを契機に発生した森友問題はその後、何年も国会で議論されましたが、結局野党は首相夫人と森友学園が「知り合い関係にあった」こと以外を立証することはできませんでした。

野党は野党側に立証責任がある追求事案において疑惑を立証することを怠り、追及される側に立証責任を負わせる【悪魔の証明】を要求することで国会を空転させ、更には改竄を苦にした財務省職員の自殺者まで生み出してしまいました。

森友学園に土地の売却を行った財務省職員は「僕は安倍さんとか鴻池さんとかから声がかかっていたら正直売るのはやめていると思います。だからあの人らに言われて減額するようなことは一切ないです」と証言しています。財務省はこの決裁文書をその後に改竄することになりますが、その理由は「少しでも野党から突っ込まれるようなことを消したいということでやりました。改竄なんかやる必要もなかったし、やるべきではない。全く必要ないと思っていました。ただ追い詰められた状況の中で少しでも作業量を減らすためにやった。何か忖度みたいなのがあるみたいなことで消すのであれば絶対消さないです」ということでした。

<事例2>学問の自由の危機

<事例1b>朝デジ就活ナビ 2020/10/20

〔日本学術会議6人除外で「学問の自由」の危機!?〕

今回の任命拒否が「学問の自由」を侵害すると批判されるのはなぜでしょうか。憲法23条は「学問の自由は、これを保障する」と定めています。戦前の反省に立って、政治が学問に介入したり、干渉したりすることを防ぐためです。政府は、学術会議の会員になれなくても自由に研究はできるのだから、学問の自由とは関係ないと主張しています。

しかし、今回の件が具体的な除外の理由があいまいなまま押し通されたら、何が起きるでしょう。政府の意に沿わない研究をしたり、方針に反する意見を言ったりすると、学術会議メンバーにはなれないかもしれません。となると、安倍政権の時代に官僚の間で広まった「忖度」が、自由闊達が信条であるはずの学者の世界にも及ぶ可能性があります。学者たちが萎縮して自由な研究や発信ができなくなるおそれが指摘されているのです。

<事例1a>朝日新聞・社説 2020/12/08

〔戦争と学問 問われる「自由」の真価〕

79年前の12月8日、日本は米英両国に宣戦布告した。戦場は中国大陸から太平洋に広がり、1945年の敗戦に至る。以後「平和国家」の理念を掲げて歩んできた道をふり返り、足元を見つめ直す日としたい。

不戦を守り続ける防塁になったひとつが、学問の自由を保障する憲法23条だ。明治憲法にはなかった規定である。

(中略)

首相は会員候補6人の任命を拒んだ理由を今もって説明しない。だが、政府の方針に反対する見解を発表したことなどが影響しているのは間違いない。

研究者の考えは長年の研究活動の上に形づくられる。それが政府の意に沿わないからといって制裁の対象になれば、学問の自由は無いに等しい。他の研究者や受講する学生らの萎縮も招く。「会員にならなくても学問はできる」といった言説が、事の本質を理解しない間違ったものであるのは明らかだ。

学術会議が、軍事研究を否定した過去の声明を「継承」するとしたことを、自由な研究の侵害だと批判するのも筋違いだ。そもそも同会議に大学や個人に何かを強いる力はない。軍事研究は性質上、学問の自由の根幹である自主・自律・公開と相いれない。その危うさを指摘し、科学者の社会的責任を再確認した点に声明の意義はある。

朝デジ就活ナビは、次のような論証によって、日本学術会議の任命拒否が「学問の自由」を侵害するとする結論を導いています。

(1) 除外の理由が示されないのは、政府の意に沿わない研究をしたり、方針に反する意見を言ったりしたからである。
(2) 政府の意に沿わない研究をしたり、方針に反する意見を言ったりすると、学術会議メンバーにはなれない。
(3) 学術会議メンバーにはなれないと学者たちが萎縮して自由な研究や発信ができなくなる。

これらの命題はいずれも根拠薄弱な拡大解釈の極致であり、前提から結論が合理的に導かれていません。

まず(1)について、除外の理由が示されないのは当然のことです。学術会議メンバーは特別職の国家公務員にあたりますが、国家公務員の人事において個別の公務員の人物評価が公開されている例など日本には存在しません。なぜなら、人事の情報は組織運営の脆弱性に直結する機密情報であるとともに、もし個人の同意を得ずに個人情報を公表すれば個人情報保護法に違反することになるからです。個人情報は、個人の人格尊重の理念の下に慎重に取り扱われる必要があります。また、特定の個人の情報を公表すれば、相対的に評価されている他の候補者に対する人権侵害となる可能性が生じます。

次に(2)について、国家公務員の候補者に対してその適性を国民の代表が審査するのは民主主義のルールです。もしもこのルールが排除されれば、特定の私人が国民を介さない絶対的な権力を持つことになります。これは専制主義・権威主義に他なりません。国民は、任命権者である内閣総理大臣を選挙で辞職させることはできますが、国民の代表が人事権を持たない私人を辞職させることはできません。国民の代表が人事に関与できない人物が存在するとすればそれこそ民主主義の危機です。

最後に(3)について、学問の自由を守るのは日本国憲法であり、学術会議メンバーではありません。学術会議メンバーは、むしろ「軍事研究」を勝手に定義するなどして学問の自由を規制しています。また、学術会議メンバーになれなければ萎縮する学者など聞いたこともありませんし、仮に萎縮したとしたら、それは学問の自殺行為であり、学問の自由が完全に保証される中で学問の自由を勝手に放棄するという愚かな行為に他なりません。

ちなみに、この学術会議事案と戦争とを関連付けた朝日新聞の社説は拡大解釈の極致です。例えば、コンピュータ・ウイルスに対するセキュリティの確保にはコンピュータ・ウイルスの研究が必要であるのと同様、他国の軍事に対するセキュリティの確保には軍事的安全保障研究が必要不可欠です。コンピュータ・ウイルスのパフォーマンスを把握するハッカーであるからこそ(クラッカーではありません)コンピュータ・ウイルスに対するセキュリティ対策を効果的・効率的に実行できるように、軍事技術のパフォーマンスを把握する軍事専門家であるからこそ(軍国主義者ではありません)軍事技術に対するセキュリティ対策を効果的・効率的に実行できるのです。

除外人事を制裁と考えるのも拡大解釈の極致です。学問の目的は学問の解明であり、学術会議のメンバーになることではないからです。