情報操作と詭弁ー論点の誤謬

魔法の杖を持っていれば

情報操作と詭弁論点の誤謬論点相違魔法の杖を持っていれば

魔法の杖を持っていれば

I wish I had a magic wand

特定の言説に対し、合理的根拠なく実現不可能と認定して否定する

<説明>

架空の物語に出てくる【魔法の杖 magic wand】は、実現困難あるいは不可能な物事を実現可能にする超自然的な道具です。「もし魔法の杖を持っていれば~できるのに」という仮定法の表現は、人間が夢や願望を語る際にしばしば用いられる慣用句であり、語用論的には「実際には~できない」を含意します。つまり「魔法の杖を持っていれば」という言葉は、実際には実現可能なことを「もし魔法の杖を持っていれば~できるのに」と表現することで「実際には~できない」かのように偽るマジックワードとして悪用できるのです。

誤謬の形式

言説Sは実現不可能である。
したがって、言説Sは偽である。
※実際には言説Sは実現不可能とは言えない。

<例>

<例>
健太:もしも魔法の杖があれば、勉強できるようになるのに。残念ながら魔法の杖がないので、僕は勉強ができないんだ。これ以上勉強しても意味がない。
母親:おバカなこと言っていないでちょっとは勉強しなさい!

健太が人間として生きている以上、その知的能力の向上(勉強ができるようになること)は実現可能です。健太はそれを魔法の杖がなければ実現不可能であるかのように偽ることで、勉強することを回避しています。

<事例1>朝日新聞による中国の反日擁護

<事例1>朝日新聞社説 2004/08/05

■中国の「反日」――たかがサッカー、されど

今年のサッカー・アジア杯は、史上初めて日本と中国とで奪い合うことになった。土曜日の北京。熱い決勝戦を期待したいが、大変な騒ぎにならないかと心配されてもいる。というのは、これまでの重慶や済南の試合で日本チームが、中国の観客たちから散々な目に遭っているからだ。日本がボールを奪うと激しいブーイングが起きる。対戦相手の得点には大喝采だ。「君が代」吹奏のアナウンスにもブーイング。日本のサポーターへの罵声もすさまじい。紙コップを投げられ、取り囲まれて嫌がらせを受けた人もいる。
(中略)
重慶や済南での「反日」騒動には、むろん日本の中国侵略という歴史的な背景がある。とくに重慶は、日本軍機の無差別爆撃によって膨大な数の市民が犠牲となった。日本の若者たちも、この事実を知っているかいないかで、騒動への見方が変わってくるだろう。小泉首相の靖国参拝や尖閣問題、加えて日本人による中国での集団買春など、中国側からすれば感情をさかなでされるような出来事には事欠かない。若者に高まりつつある大国意識や江沢民時代の「愛国教育」の影響もあるだろう。それだけではない。重慶のような内陸部は、発展著しい沿海部と比べてはるかに貧しい。就職先のない若者も多い。不満はなかなか政府に届かない。そんなうっぷんを「反日」に託して晴らそうとした面も小さくない。そうであれば、スタンドの「反日」をいたずらに過大視することは賢明ではない。むしろ考えるべきは、なぜ日本が標的として使われやすいかだ。歴史の和解に魔法のつえ(杖)はないが、歴史のとげを抜くことは今日の政治家の責任である。中国はもはや、若者の気持ちを共産党が力で押さえ込める国ではないし、そうした変化は歓迎すべきだろう。

朝日新聞は「歴史の和解に魔法の杖はない」なる認識を理由に、中国大衆の度を越した暴力的行為を弁解(=加害を認めるが責任を認めない)しました。このことは罪のない暴力被害者の人権を阻害するものに他なりません。さらに朝日新聞は「中国はもはや、若者の気持ちを共産党が力で押さえ込める国ではない」などという根拠のない認識を振りかざして中国の専制支配体制を否定しました。まさに、歴史認識問題のすべてを日本の政治家の責任にし、人権蹂躙の専制主義の象徴ともいえる中国共産党のプロパガンダに大きく貢献してきたのです。そもそも朝日新聞は「歴史の和解に魔法の杖はない」などと主張するのであれば、戦前に日本国民を煽って日本を戦争に導いた元凶が朝日新聞であったことを中国国民に広く伝えた上で丁重に謝罪することが必要であるはずです。

<事例2>豊洲市場は安全であるが安心でない

<事例2>小池知事 記者会見 2017/03/03

記者:今週、築地市場の敷地内の土壌調査で、環境基準の2.4倍のヒ素などの有害物質が検出されたことが分かりました。東京都は、アスファルトと土で覆って人体に影響はないとしております。その一方で、昨日なのですけれども、日本維新の会が小池知事に対して、豊洲移転を速やかに決断するよう求める提言書を東京都に提出しました。その中で、コンクリートやアスファルトで覆われており、土壌汚染対策法などの法令上の問題もないのは豊洲市場も同じであると指摘がありました。こうした指摘に対して、まず小池知事はどういうふうに受け止めるのかという所感をちょっとお伺いさせていただければと思います。

小池百合子都知事:指摘はそれぞれの政策的な目的でなさっているかと存じます。そして、築地につきましては、先ほどご紹介のあった数値でございますけれども、法的な安全性は満たしていると、このように考えております。(中略)。豊洲については、ご承知のように再調査がまさしく行われて、採水が行われ、そして間もなくモニタリングの、クロスチェックの上で結果が出されるということになっておりますので、こちらを待ちたいと考えております。一つひとつ丁寧にやっていくことが、私が常に申し上げている安全と安心、安心は特に消費者の信頼をいかにして確保するかということがポイントでございますので、これを丁寧にやっていくということで、この作業をしっかりと取り組むということであります。

豊洲市場の地下水をめぐって、小池都知事は「安心でない」という反証不可能な認識を理由に、土壌汚染対策法に定められた科学的安全性を満たしていることが実証されている豊洲市場を問題視し、築地市場からの移転を遅らせました。この問題には豊洲市場を安心させる「魔法の杖」が最初から存在していました。それは、当時のマスメディアが朝から晩まで放映していた高視聴率番組『小池劇場』の主演女優として人気絶頂であった小池都知事が科学的安全性をもつ豊洲市場が安心であることを宣言することでした。当時の日本国民はまさに反証不可能な黒魔術にかけられていたのです。ちなみに現在では豊洲市場を安心できないと訴える一般市民は皆無です。なぜなら、魔法を解かれた一般市民にとって、科学的に安全な豊洲市場は疑いもなく安心であるからです。

<事例3>福島第一原発の処理水の風評

<事例3>衆・東日本大震災復興特別委員会 2022/03/16

岸本周平議員(国民民主党):私も実は、この復興特に参加をさせていただいて以来、ALPS処理水の問題をずっと質問させていただいておりました。(中略)今私たちが置かれている状況は、これ以上どんどんどんどん処理水をためていって、際限なくためていくということも、これは現実的にはなかなか難しいということでありますから、本当に、我々が、与野党関係ないと思います、私たちは現場の声を聞きながら、しかし一方で全体の行政を進めていかなければいけない、本当につらい決断を我々はしていかなきゃいけない。行政もそうでしょうし、我々立法府としても。立法府としても、ここで十分な審議をしながら何とか前に進めていく。本当に与党も野党もないと思います。(中略)きつい言い方をすれば役人の作文では風評被害は阻止できないということにはなるんですけれども、しかし、そんなに私たちは賢くないので、魔法のつえはないわけでありまして、これをやれば風評被害が抑えられるなんということはできないわけですから、ともかく、できることはこつこつと、小さなことでもこつこつとやっていく以外にないのではないかと思っています。

福島第一原発のALPS処理水は科学的な安全性が立証されています。その風評被害を払拭する「魔法の杖」は、内閣官房長官が毎日の定例記者会見の冒頭で「ALPS処理水は安全である」とマスメディアが報道するまで繰り返し言い続けることです。NHK・民放テレビをはじめとする日本のマスメディアは、ALPS処理水の風評被害を問題視する一方で、その風評の拡散メカニズムを問題視することはありません。それもそのはず、実質上この風評を拡散している元凶こそがマスメディア自身であるからです。風評被害をネタにして風評を否定しないマスメディアは、明らかに報道倫理を逸脱しています。