情報操作と詭弁 > 論点の誤謬 > 論点相違 > 過激な慎重論
One step at a time
特定の言説に対し、合理的根拠なく拙速と認定して否定する
<説明>
最初に「判断に要する時間が長ければ、その判断は真に近づく」という命題は正しいかについて考えてみます。
心理学者のダニエル・カーネマン Daniel Kahneman は、脳内の大脳皮質を通らない【速い思考 fast thinking】=システム1と大脳皮質を通る【遅い思考 slow thinking】=システム2で人間の認知過程を説明する【二重過程理論 dual process theory】を一般化しました。ここに、システム1は人間が持つ【認知バイアス cognitive bias】に影響を受ける判断である一方、システム2はより確度の高い認知に基づく判断であるといえます。
このように、ゆっくりと考えることには一定のアドヴァンテージがあります。また、考えている途中に新たな判断材料が得られる可能性もあります(但し、帰納的判断の場合には必ずしも真に近づく情報が得られるとは限らない)。しかしながら、その考える時間的コストが大きい場合には、ベネフィット(便益)を得る機会を失うという一定のディスアドヴァンテージが生じることも少なくありません。どんなに完璧な判断でも必要な時に使えなければ意味がなく、【不作為 omission】のリスクを許容し続けて【作為 action】のベネフィットを損失し続けることになります。これが「過激な慎重論」の正体です。
また、人間には「行動しない失敗」に罪悪感を持ちにくく「行動する失敗」に罪悪感を持ちやすい【不作為バイアス omission bias】という傾向があります。換言すれば、人間は不作為バイアスによって「作為のベネフィット」と「不作為のリスク」を軽視し「不作為のベネフィット」と「作為のリスク」を重視します。そして、この傾向が「拙速」という批判と「慎重に」という警告を過剰に重視する推進力となっているものと考えられます。
日本はしばしばこの「不作為バイアス」によって失敗しています。例えば、夏の電力不足の中で、原発の再稼働により事故が発生して放射線で人命が失われるリスクよりも再稼働しないで電力不足に陥って熱中症で人命が失われるリスクの方が遥かに高いと考えられますが、日本政府は原発再起動する選択を取らず、電気を使わない選択(節電)を国民に取るよう要請しています。日本社会は【コスト=ベネフィット分析 cost benefit analysis=CBA】ができないのです。
なお、「拙速」という概念は基本的に個人の認識であるため、いついかなる場合でも理由にすることができます。有限の時間は無限の時間に比べれば常に短いため、「不作為のリスク」を無視すれば「拙速」という指摘は常に正解となります。実は「過激な慎重論」には反証可能性がないのです。
言説Sは拙速である。
したがって、言説Sは偽である。
<例>
<例>
A:昨日、参議院選挙が公示されたので、早速不在者投票でC党に投票してきた。
B:その選択は間違いだ。もっと慎重に検討すればそうはならないはずだ。君は拙速なんだよ。
最初に断っておきますが、選挙における候補者の選択に真偽はなく、個人の価値観に合致していると思うか否かです。その上で、Bが「拙速」を根拠にしてAの選択を「間違い」と断定するのは妥当な論証ではありません。BがAの「間違い」を断定するには「間違い」の合理的根拠を示す必要があります。また、Bの判断は必ずしも「拙速」とは限りません。投票の判断は公示の段階で公表されている政策や過去の実績の評価にもよるからです。
<事例1>強行採決
<事例1>国家基本政策委員会合同審査会 2016/12/07
蓮舫議員(民進党):なぜカジノ解禁なんでしょうか。カジノは賭博です。刑法で懲役刑で禁止をされています。勤労を怠る、副次的犯罪を誘発する、だから禁止をしている。なのに、なぜ僅か5時間33分の審議で強行採決に踏み切ったんでしょうか。国会の声を聞かないで、野党を切り捨てて、連立与党の公明党を捨ておいて、それでも暴走する理由をまず教えてください。
安倍晋三内閣総理大臣:提案者の中には、御党の、まさに蓮舫議員の側近である柿沢未途役員室長も、役員室長もこれは提案者として参加をしていただいております。
蓮舫議員:国会は長い歴史の中で、議員立法の審議は全ての政党が同意し、その上で審議に入って、そして採決をする。それを無視したのはまさに今回自民党じゃないですか。僅か5時間33分の審議、その審議に入るときには、我々の理事に対して「あした審議に入るからよろしく」と、こちらの返事も待たずに見切り発車をして、委員長が職権で立てて、採決をしたじゃないですか。柿沢議員は「この拙速なやり方に対しては問題がある。だから提案者を辞めさせてもらいたい」と。でも提案者を辞めさせてくれないのは自民党のほかの提案者の議員じゃないですか。
安倍総理:今、蓮舫委員は、中身に問題があるからではなくて、この審議の仕方に問題があると。しかし、柿沢未途議員も提案者です。当然中身を理解した上で提案者になっておられる。つまり、柿沢未途委員としては「中身は賛成であるけれども、やり方がおかしいから辞めさせてくれ」と。そうであれば、それはやり方の問題でございまして、特に議員立法でありますから、これはまさに委員会において判断がなされるものです。また、議員立法については、今までの歴史の中で、必ずしも全会派が一致しているわけではないのが事実です。ただ、そうは申し上げましても、なるべく多くの会派、全会一致になるのがふさわしいのは当然のことであろうと思いますし、我が党の理事の方々も大変汗を流されたと私も承知をしています。その中におきまして、残念ながら御党は退席をされたと。退席をされるということは大変残念ではあるわけでございますが、まさに今、蓮舫委員が言われたような中身について建設的な議論を期待したいと思います。
会派が法案に反対するのに邪魔な存在である「法案の中身に賛成する法案の提案者」が、「拙速」を理由に提案者という立場の辞任を求めるのは、国会を冒涜するアクロバティックなプレイと言えます。法案の中身に反対するのではなく法案の提案者に反対するという民進党の作法が炸裂したエピソードです。
<事例2>子宮頸がんワクチン
<事例2a>TBSテレビ『NEWS23』 2015/01/05
膳場貴子氏:子宮頸がんの予防ワクチンの副反応の数ですが、イギリスで6200件、フランスでも2000件を超える報告が明らかになっています。
岸井成格氏:この数字は重い事実ですよね。
膳場貴子氏:深刻だと思います。ただ、ワクチンについては、専門家の間で見解が分かれていまして、症状と因果関係はないという意見も示されているんですね。WHOは去年の10月に「安全性に問題ない」、痛みの副反応については「短い期間の物で自然に治る」としています。
岸井成格氏:そこなんですよね。ワクチンというのは一つは病気を防ぐ有効性の問題ですよね。もう一つは副反応のリスクをどう考えるのかが重要ですから、当事者の訴えにしっかり耳を傾けて多角的な視点から慎重に検証を進めてもらいたいと思いますよね。
<事例2b>『文春オンライン』2021/02/03
医療ジャーナリスト・内田朋子氏:あれから7年経った今も状況は変わらず、定期接種導入時に約70%あった接種率が、今では1%以下に落ち込んでいる。厚生労働省の17年の統計によると、子宮頸がんを患う女性は年間約1万1000人、死亡者は約2800人。もっとも罹りやすいのは子育て世代である30代後半~40代で、多くの患者が子どもを残して亡くなることから、「マザーキラー」とも呼ばれている。20年9月、大阪大学大学院医学系研究科の八木麻未特任助教、上田豊講師らの研究グループが衝撃的な数字を発表した。子宮頸がんワクチンの公費助成世代の接種率と、一時差し控えが決定して以降の接種率を元に発症者数、死亡者数を試算したところ、接種率が大幅に低下した2000~03年度生まれの女性の間で、患者が合計約1万7000人増加、死亡者が約4000人増加すると推計されたのだ。「死亡増加数とはつまり、“接種率が維持されていたら減らすことができた死亡数”のことです。このまま積極的勧奨の差し控えが続けば、非常に深刻な事態になると考えています」(八木氏)
2013年から2016年にかけて、テレビの報道番組は、ワクチン副反応事例の【軽率な概括 hasty generalization】によってワクチン接種の恐怖を繰り返し煽りました。WHOは、子宮頚癌ワクチンの接種することにより副作用で死亡するリスクよりも、接種しないことにより子宮頚癌で死亡するリスクが高いと判断し「安全性に問題はない」と判断しましたが、科学的根拠なく恐怖を煽るテレビ報道等によって「不作為バイアス」を発動した多くの日本国民は、接種しないことを選択したのです。その結果、多くの国民が理不尽に生命の危機に追い込まれたことは明白な事実です。
<事例3>福島第一原発の処理水
<事例3a>衆・本会議 2020/05/14
金子恵美議員(立憲民主党):慎重な議論が求められる汚染水問題について、コロナ禍に紛れ、拙速に議論を進めようとする政府の姿勢は、断じて許されるものではありません。
<事例3b>参・東日本大震災復興特別委員会 2020/05/29
増子輝彦議員(国民民主党):福島県民もそうだし日本全体で、今考えている多くの方々は、拙速は避けるべし、関係者の話を幅広くしっかり聞くべし。福島県知事もはっきりと福島から放出は駄目だと言ってほしいんですが、なかなかそう言い切れないところもありますが、ここはしっかりと、拙速を避けて、福島ありきでない形で幅広く聞いていただきたい。
<事例3c>衆・本会議 2020/10/28
枝野幸男議員(立憲民主党):ALPS処理水については、今月中の決定こそ否定されましたが、海洋放出する方針との報道がなされ、関係者の不安は高まっています。国民に対する説明と国民的な議論は全く不十分で、現状での決定は拙速です。当面は地上保管を継続し、福島のみに負担を強いることのない処分方法など、具体的な代案の検討を進めるべきです。
<事例3d>参・本会議 2020/10/29
福山哲郎議員(立憲民主党):東京電力福島第一原発の敷地内にたまり続けるALPS処理水について、政府内で処分方針を決定しようとされています。コロナ禍にあって、地元福島県民や国民の皆様への説明の場や意見を広く聞く機会が十分に設けられておらず、福島の漁協、農協を始めとする団体や多くの市町村議会からも反対の声が上がっています。拙速に進めるべきではありません。国民に対する説明と十分な議論を経てから決定されることを求めます。
<事例3e>参・予算委員会 2021/12/16
木戸口英司議員(立憲民主党):汚染水、まあ処理水ですね、ALPS処理水が海洋放出されるということで、復興への影響、どのように捉えておりますでしょうか。復興の影響ということをしっかり捉えて、やはり復興大臣は、この問題にむしろやっぱり阻止するぐらいの気持ちでやっていただきたいと思います。(中略)時間となりましたので、拙速な放出ありきの方針を見直すべきだということを申し上げて、質問を終わりたいと思います。
処理水の科学的な安全性が確認されている中、いまだに「拙速」と叫んでは風評をまき散らしているのが立憲民主党を中心とする野党です。これでは風評は止まることなく、漁協の理解も得られないものと考えられます。非科学的な彼らこそ、風評被害の元凶なのです。
<事例4>憲法解釈変更の閣議決定
<事例4a>TBSテレビ『NEWS23』 2014/02/12
■集団的自衛権に関する質疑応答(衆・予算委員会)
岸井成格氏:集団的自衛権の行使を認めれば、ハワイや中東で米軍基地が攻撃されたという場合には、米軍と一緒に戦うということにもなってくるわけですね。つまり拡大解釈をいったん許してしまうと、歯止めが利かなくなってしまうんですよ。そういうところまでの議論が十分にあるかというとまだまだそこまでの議論、国民的理解というのは進んでいないという意味で私は時期尚早だと思っていますけどね。<事例4b>TBSテレビ『NEWS23』 2014/02/12
■安保法制に関する与党協議
岸井成格氏:この結論を出すというのを年内に出そうという方向で動いているんですけれども、これは私は拙速だと思いますね。私の今までの政治取材の経験から言っても、これは十分かつ慎重な議論を踏まえた上でなければ、結論を絶対出すべきではないと思いますね。<事例4c>TBSテレビ『NEWS23』 2014/05/15
■石破自民党幹事長番組出演
石破幹事長:私どもは解釈を変えることによって集団的自衛権行使を可能にしますということも選挙で訴えています。憲法九条で明らかに集団的自衛権が行使できないと書いてあるのならば、それは明確に憲法の改正が必要です。憲法九条のどこが集団的自衛権の行使を禁じているのか、きちんと論じた人は誰もいません。それよりも憲法の前文の「いずれの国家も自国のことに専念して他国を無視してはならない。そして、平和を維持する。そういう国際社会において、名誉ある地位を占めたい」が憲法の精神じゃありませんか。
岸井成格氏:だけど、今ね。一部我々メディアもそういう批判しましたけれども「ものすごく何でそんなに急ぐのですか。前のめり過ぎませんか」という印象が非常に強かったんですよね。そういう周辺の変化はわかりますけれど、本当に憲法解釈を変えて、そこまでやらなければならない事態だとお考えですか。<事例4d>TBSテレビ『NEWS23』 2014/06/03
■与党協議
岸井成格氏:とにかく今、政府自民党がなぜここまで急いでくるのかなと。今またピッチを上げようとしていますからね。これはもう、厳しくチェックしておかなければいけないなと思いますね。<事例4e>TBSテレビ『NEWS23』 2014/06/10
■与党協議
岸井成格氏:何といっても拙速ですよね。ただ言っておきたいことは、これだけ歴史的にも重要な問題を憲法解釈の変更という形だけで一政権でやっていいものかということと、「限定的なもの」と言っていますけれど、本当にそれが歯止めになるのか、蟻の一穴という言葉がありますけど、なし崩しになるという心配は全く払拭されていないのですよね。<事例4f>TBSテレビ『NEWS23』 2014/06/25
■与党協議
膳場貴子氏:自民党は来週中の与党での合意を目指しているということですけれども、こんなにすんなりと行かせてしまってよいものなんでしょうかね。
岸井成格氏:いやそんなことは絶対に許されないと私は思いますね。今までの協議のやり方見ててもものすごく杜撰だしね、与党として無責任すぎますよ。このまま合意できるというのだったらね、本当にこれは大問題ですよね。さらに閣議決定を先行させて、その後に国会で審議するという説明がありましたけれども、これは完全に順序が逆ですよね。もう、戦後の憲法解釈と安全保障政策の大転換なのですよ。まずは、国会でしっかりと国民に説明をして、その進め方がものすごく拙速というよりも、このところ暴走ですよね。そこでブレイキ役になるべき、それが期待された公明党がね、このまま合意するというのは、私は信じられないんですけれども、もしそうであるのならば、平和の党という看板を下ろすべきですね。そうでなければどうしようもないですよ。暴走をチェックするという意味では、我々メディアの役目も今問われている。非常に重要な瀬戸際になってきたなという感じがしますけどね。私はそんなに簡単じゃないと思いますよ。<事例4g>TBSテレビ『NEWS23』 2014/06/30
■閣議決定前日
岸井成格氏:結論から言うと、これまでの議論を見ていますと、本当に急いでいますよね。あまりにも拙速と言わざるを得ないと思うんですよね。政府自民党からなぜいま必要なんですか。なぜそんなに急ぐのですかということに、我々が納得できる明確な説明がまったくまだないんですよね。これは国会軽視も甚だしいし、国民の理解を得たとは、到底言えないですよね。国民不在、密室協議と言わざるを得ないと私は思いますけれどね。<事例4h>TBSテレビ『NEWS23』 2014/07/01
■閣議決定
岸井成格氏:安倍内閣は私が観ていると、とうとう超えてはならない一線を越えてしまったのではないかなと気になるんですよね。後々になってね、今日は後戻りのできないポイント・オヴ・ノーリターンの日だったといわれる日が来るんじゃないかということが非常に問題なんです。今からでも遅くないので閣議決定の撤回をぜひお願いしたい。<事例4i>TBSテレビ『NEWS23』 2014/07/07
■安倍内閣支持率(前月比-10.9%)
岸井成格氏:今回の集団的自衛権行使容認の閣議決定というのは、何といっても説明不足だし、拙速でかつ強引でしたからね。
常軌を逸した一方的な偏向報道で繰り返し、日本政府による集団的自衛権行使容認の憲法解釈変更の閣議決定について合理的根拠なく「拙速」と批判し続けた『NEWS23』ですが、政府の憲法解釈変更自体には実質的な効力はなく、集団的自衛権の行使には主権者である国民の意思を反映した国会の意思決定が必要であることは最初から明白でした。テレビから攻撃を受けた政府は、テレビに洗脳された国民に対しインターネットを通じて説明しました。
<例4j>内閣官房 2014/07/01
■安全保障法制の整備についての一問一答
【問】今回拙速に閣議決定だけで決めたのは、集団的自衛権の行使に向けた政府の独走ではないか?
【答】閣議決定は、政府が意思決定をする方法の中で最も重い決め方です。憲法自体には、自衛権への言及は何もなく、自衛権をめぐるこれまでの昭和47年の政府見解は、閣議決定を経たものではありません。今回の閣議決定は、時間をかけて慎重に議論を重ねた上で行いました。今回の閣議決定があっても、実際に自衛隊が活動できるようになるためには、根拠となる国内法が必要になります。今後、法案を作成し、国会に十分な審議をお願いしていきます。これに加え、実際の行使に当たっては、これまでと同様、国会承認を求めることになり、「新三要件」を満たしているか、政府が判断するのみならず、国会の承認を頂かなければなりません。
日本のマスメディア(産経新聞除く)は、政府の閣議決定に対して一色に染まって「拙速」と非難しましたが、集団的自衛権の行使については1960年の日米安保条約に明記されており、「拙速」どころか、半世紀も宙ぶらりんになっていたイシューであったと言えます。
ウクライナがロシアに侵略されたのは、ウクライナがNATOという集団的自衛権の枠組みに加盟できていなかったことによるものであり、あらためて集団的自衛権の有効性が示されました。もし、政府がこの時に閣議決定できずにいれば、2014/07/01は後戻りができないポイント・オヴ・ノーリターンの日と呼ばれていたかもしれません。その後、与党は安保法制を公約にした衆議院選挙で大勝しましたが、牙を剝いたマスメディアは偏向報道による総攻撃で国民を洗脳しました。苦難の末、2015/09/19に安保法制がなんとか成立したことは、日本国民にとって幸運であったと言えます。
<事例5>憲法改正
<例5a>毎日新聞 2022/05/12
■衆院憲法審で9条議論 与党、自衛隊明記の改正主張 野党「拙速」
衆院憲法審査会は12日、憲法9条を巡る討議を行った。自民党が9条1項(戦争放棄)、2項(戦力不保持)を残しつつ、自衛隊を明記する憲法改正を訴えたのに対し、立憲民主党や共産党は拙速な改憲議論を批判した。参院選を控えて各党の立場の違いが目立った。9条について衆院憲法審が本格的に議論するのは今国会で初めて。
憲法改正は、日本国憲法が制定された直後から三半世紀以上にわたって議論されてきた日本の国会における最長のイシューの一つと言えますが、憲法改正論者はいまだに「拙速」という非難を受け続けています(笑)。歴代政権の中には改正に積極的な政権も存在しましたが、結局は「拙速には行わない」「慎重に検討する」というキメ台詞を使って本質的な論議を避けてきました。まさに「不作為バイアス」の極みと言えます。順に過去を覗いてみたいと思います。
<例5b>参・決算労働連合委員会(第1回国会) 1947/09/29
吉川末次郎(日本社会党):「大臣」という言葉についてでありますが、「総理大臣」という言葉は新憲法の中に使われておるのでありますから、これは憲法改正をしなければならないとも考えられるのでありますが、「大臣」という「家来」という言葉から受ける言葉それ自身が持つております印象は、あまりに宮廷政治的であり非民主主義的であるというように感じられるわけであります。
<例5c>衆・本会議 1949/04/05
浅沼稲次郎議員(日本社会党):吉田総理大臣の保守連立政権の構想に関して、一部には吉田内閣が憲法改正を意図し、そのためには院内三分の二の勢力の確保の必要性からと説く者がございます。新憲法実施せられまして、まる二年になんなんとしております。ある意味においては再検討の時期に到来しておるとも言えましよう。はたしてしかるか、ここに明快なる御答弁をいただきたいと存ずるものであります。
吉田茂内閣総理大臣:憲法改正の意思は、今日において持つておりません。今日われわれの念願いたすところは、経済の復興であり、日本の再建であるのであります。このためには議会において所要の多数をもつて幾多の難関を排してこの難局に立つ必要があるがゆえに、われわれと志を同じゆうする諸君と政局に立ちたい、こう考えたのであります。<例5d>衆・内閣委員会 1956/02/21
鳩山一郎内閣総理大臣:ただいまの御質問の「憲法改正を非常に慎重にやれ」という、そういうような概括的のことはもとより当然なことであります。私どもが憲法改正をしなくてはならないというように考えましたのは、占領中にでき上った憲法ではあり、外国の強い示唆があって、短期間にでき上ったものであるから、独立を完成した今日においては、日本の多数の国民の自由意志によって独立にふさわしい憲法に改正をした方がいいと思いまして、憲法改正をした万がいいということを決意した次第でございます。(中略)決してこれを急速に拙速をやるというような考えは毛頭ございません。
<例5e>衆・内閣委員会 1958/10/17
岸信介内閣総理大臣:憲法改正問題につきましては、この問題は、日本にとってきわめて重大な問題であるから、慎重に検討するため、憲法調査会を設けて、有識者を集めて審議している次第である。私は、公知の通り、憲法改正論者であるが、改正には、衆参両院の三分の二以上の賛成及び国民の過半数の同意を必要とするものであるから、改正の実現まで相当の時日を要するのは当然である旨説明したのであります。私は、第九条も含めて検討する旨を答えたのであります。
<例5f>参・本会議 1959/12/21
岸信介内閣総理大臣:私は従来、この憲法につきましては、いろいろな点において日本の国情にあわない点があり、また、日本の国民の大多数の希望からいっても、自主的な憲法を持ちたいという見地においてこれを検討すべきものだという考えのもとに、現在調査会が置かれている検討をいたしておることは御承知の通りであります。
<例5g>参・本会議 1965/08/03
佐藤栄作内閣総理大臣:憲法の問題につきましては、ただいま憲法調査会が、その七年にわたる報告をしたばかりであります。その報告をただいま整理しておる段階でございます。この報告を手がかりといたしまして、憲法に関する問題をあくまでも慎重に検討してまいりたいと思います。そこで国民一人一人が深い省察を加えまして、憲法についても、もっと関心を持たれ、そうして理解を深めていただきたい。
<例5h>衆・内閣委員会 1973/06/07
田中角栄内閣総理大臣:私はいま憲法改正問題を考えておりません。特に、憲法がどのような状態になろうとも、これは国民総意の、国民の大多数というものが賛成をしないような場合に改正はできないわけであります。特に憲法九条は絶対に改正をしないということは、自民党の政策の中でも、自民党はみないっておるんです。
<例5i>衆・本会議 1982/12/09
中曽根康弘内閣総理大臣:現行憲法の民主主義、平和主義あるいは基本的人権の尊重、国際協調主義等は、すぐれた理念であって、今後も堅持していくべきであると昨日も申し上げたとおりでございます。憲法改正を政治日程にのせる考えは目下のところありません。
<例5j>衆・本会議 1993/08/26
細川護煕内閣総理大臣:憲法第九条についてのお尋ねでございましたが、憲法改正をめぐっては、最近、各方面からさまざまな御意見が出されておりますが、現在、国民の中で憲法改正の具体的な内容について合意が形成されているというふうには受けとめておりません。したがって、現段階において、内閣として憲法改正を政治日程にのせることは考えておりません。
<例5k>衆・本会議2005/09/28
小泉純一郎内閣総理大臣:憲法改正につきましては、時間をかけて十分に議論することが必要であります。自民党は党としての改正案を取りまとめる予定であり、公明党を初め各党や国会においても議論が行われております。また、民主党も憲法改正に賛成だと伺っておりますし、現在の鳩山由紀夫議員も憲法改正に賛成と表明されております。自民党、公明党のみならず、民主党とも協力しながら、新しい時代における憲法のあり方について、大いに国民的議論を深めていただきたいと考えます。
<例5l>参・本会議 2010/01/20
鳩山由紀夫内閣総理大臣:政治家である以上、一人一人が憲法はかくあるべきだという考え方を持つのは当然のことだと思っております。ただ、首相という立場においては、特に重い憲法尊重擁護義務というものが課せられているとも考えております。したがいまして、今はその私の考え方について申し上げるときではないとも考えております。したがいまして、私の在任中になどと考えるべきものだとも思ってはおりません。
<例5m>参・本会議 2019/01/30
安倍晋三内閣総理大臣:平成の時代を通じた自衛隊に対する国民の評価と憲法改正の考え方についてお尋ねがありました。憲法改正の内容について、私が内閣総理大臣としてこの場でお答えすることは本来差し控えるべきものとは思いますが、私の気持ちを述べよとのことですので、丁寧にお答えをさせていただきたいと思います。私が自民党総裁として一石を投じた考え方は、現行の憲法第九条の第一項及び第二項を残した上で、自衛隊の存在を憲法に明記することです。
戦後三半世紀が経過し、人々の価値観も世界情勢も変わる中、国会は矛盾が生じている憲法を改正することはできませんでした。唯一、自民党・安倍総裁は具体的な内容を掲げて憲法改正に挑戦しましたが、マスメディアがモリカケ・スキャンダルを使ってこれを阻止しました。
マスメディアと左派政治家・活動家によって世界一の硬性憲法となった日本国憲法ですが、憲法制定時の立法府の議員は、日本国憲法をけっして普遍的な創造物とはとらえてはなく、そのうち変えるものと考えていたことが国会議事録から伺えます。
<例5n>衆・本会議 1948/11/16
尾崎行雄議員:第七條の第二項には憲法改正とあるが、これも私は驚いた。憲法改正ということが、天皇のお仕事の第一に書いてある。驚くべきことであつて、そんなことが書かるべきはずはないのみならず、書いたところで、できるはずのものではございません。憲法の改正という大事件、それらをよく見ると、憲法改正ではない。法律や政令と一緒にできた憲法を公布するという、一番しまいの公布という宇にかかるために書いておる。それらは、なぜ憲法改正と書かないで、改正憲法、改訂した憲法、改訂憲法と書かないのであるか。憲法改正と書けば、憲法を改正することになる。改訂憲法とすれば、ほかの機関で改訂した憲法を公布するということに読めますけれども、憲法改正の公布、そんな公布ができるかできないかを総理大臣に承りたい。私はできないと思います。天皇陛下に憲法を改正する権能があろうはずはない。権能のないものを公布するということにはならないのである。こんな子供にでもわかるものを、あたりまえに書き得ないという連中が、あの憲法をつくつたのである。それは喪心状態で、むりはない。
私の感じを申しますと、憲法でも法律でも、文字などどう書いたところが、それは役に立たないものである。文字の末に拘泥して、とやかく言うのは、それは弁護士か何か、ただ法律だけを知つて、正しい道理を知らない者は、それでよろしいが、眞に天地間の正しき道理を知る者は、文学の末よりか、その精神骨髄に重きを置かなければならぬというものであります。正しい道理を知らない者に、ろくな憲法の書けるはずはない。また書いたところが、文字の末に拘泥するようなことでは、眞の立憲國にはならないと思つておりました。からだが老衰して弱いから、憲法会議に一切出ませんでした。これは私の欠点で、まことに申訳ないけれども、よく書いたところが、だめである。前の憲法などは、ずいぶん文字上からいえば、今日見る新憲法からは、比べものにならないほどよく整つた憲法であります。それも、その運用が惡かつたために、日本は現在憲法上の手続きによつて亡國状態に陷つて、今日占領下におります。決して憲法にそむいてやつたのではない。憲法の文字通りに働いて、逐に戰爭に敗北し、無條件降参をいたして、今日独立権を失つて、占領下におるに至つたのである。
こういう実例を見る以上は、新憲法に、文字などに幾らよく書いたところが、実行が惡ければ何の役にも立たぬということが、私の根本観念である。病氣がよくても、私は欠席がちであつたかもしれませんが、このことは、將來憲法を運用する上において、御同様によく考えなければならぬが、ことに総理大臣たる者は、この点においては特に力を用いなければならぬ。これに対しては、どういうお考えがあるか、文字に重きを置くか。運用に重きを置くか。文字などに拘泥すれば、もう憲法は大半無効になります。運用でなければならぬ。
それが時代を重ねるたびに、変えてはならない「聖なる教典」となり、現在では憲法学者なる偏向した預言者の仲良しグループが好き勝手に憲法を解釈しては国民を洗脳している状況にあります。
そんな状況をブレイクスルーする可能性がある唯一の存在が、我らが岸田総理です。
<例5o>衆・本会議 2022/01/20
岸田文雄内閣総理大臣:私自身、総裁選挙等を通じて、任期中に憲法改正を実現したいということを申し上げてまいりました。今、内閣総理大臣の立場から、憲法改正の議論の進め方、あるいは内容について直接申し上げることは控えなければならないと思いますが、さきの臨時国会において、憲法審査会が開かれ、憲法改正に向けた議論が行われたことを歓迎し、本国会においても更に積極的な議論が行われることを心から期待いたします。国の礎である憲法の在り方を決めるのは国民の皆様でありますので、憲法改正に関する国民的議論を喚起していくため、我々国会議員が、国会の内外で議論を積み重ね、発信していくことが重要であり、私自身も誠実に向き合っていく決意です。
日本国憲法下において「任期中に憲法改正を実現したい」と国会の本会議で明言した過激な憲法改正論者は後にも先にも岸田総理しかいません。さすがは主権者である国民の声を聴く偉大な総理です(笑)