情報操作と詭弁ー論点の誤謬

論理に対する嫌悪

情報操作と詭弁論点の誤謬論点相違論理に対する嫌悪

論理に対する嫌悪

Misology

論理的に推論する行為自体に難癖をつけることでその結論を否定する

<説明>

古代ギリシャの哲学者ソクラテス Socratesは、アテナイの【アゴラ=広場 agora】で対話を重ねるうちに、自らが無知な存在であることを自覚して真理を希求することが重要であるとする【無知の知 I know that I know nothing】に気付きました。その後、彼はこの概念を説きながら【論理 logic】を教える著名な【ソフィスト=職業言論人 sophist】となりましたが、無知を指摘した有力者たちに【詭弁 sophism】を弄する邪悪な存在と認定され、死刑に処されます。この有力者たちのように、論理的に推論する行為自体に難癖をつけることでその結論を否定することを【論理に対する嫌悪 misology】と言います。論理は、善悪とは無関係ですが、詭弁を弄する論者の存在によって太古の昔から嫌われやすい存在であったものと推察されます。勿論、冤罪です。

なお、科学哲学 philosophy of scienceにおける全体論 holismの見地に立った場合、私たちがもつ論理の総体は、私たちが経験した知識を初期・境界条件とする解析解であり、現時点ではベストであると言えますが、【論理実証主義 logical positivism】が前提とする【普遍的真理 universal truth】であるとは限りません。経験データが蓄積されれば、真理値は再配分されて新たなベストの解が得られます。その意味で、現存の論理を時間的・空間的に保証された普遍的真理と認識するのは合理的ではありません。だからといって、根拠なく現存の論理を嫌悪するのも合理的とは言えません。

誤謬の形式

言説Sは論理に基づいて推論された。
論理は邪悪なものである。
したがって、言説Sは偽である。

<例>

<例>
A:現政権の内閣支持率は25%と低いが、与党の政党支持率は45%と高い。両者を足した値が50ポイント未満になると政権が倒れるという青木率から考えれば、政権が倒れる可能性は低いと思う。
B:そんな考えは、頭でっかちの机上の空論だし、屁理屈だし、こじつけだし、詭弁だ。

この例における「青木率」とは日本政治における著名な経験則であり、A氏はこれを帰納原理として用いることで「政権が倒れる可能性は低い」という結論を導いています。もしB氏がA氏の言説の真偽を判定したいのであれば、A氏の論理的な推論行為に「頭でっかち」「机上の空論」「屁理屈」「こじつけ」といったレッテルを貼るのではなく、「青木率」の信頼性について、A氏に検証を求めるか、A氏に経験データを開示させて自ら検証を行う必要があります。帰納原理は誰でも検証可能です。

<事例1>日本必敗予測

<事例1>総力戦机上演習総合研究会 1941/08/28

東條英機陸軍大臣:諸君の研究の労を多とするが、これはあくまでも机上の演習でありまして、実際の戦争というものは、君達が考えているような物では無いのであります。日露戰争で、わが大日本帝国は勝てるとは思わなかった。然し勝ったのであります。あの当時も列強による三国干渉で、やむにやまれず帝国は立ち上がったのでありまして、勝てる戦争だからと思ってやったのではなかった。戦というものは、計画通りにいかない。意外裡な事が勝利に繋がっていく。したがって、諸君の考えている事は机上の空論とまでは言わないとしても、あくまでも、その意外裡の要素というものをば、考慮したものではないのであります。なお、この机上演習の経緯を、諸君は軽はずみに口外してはならぬということであります(Wikipediaより転載)。

東條英機陸軍大臣は「大東亜戦争で日本が必敗する」という総力戦研究所のシミュレーション結果を「机上の空論とまでは言わないとしても」と否定し、戦争の道に進んでいきました。これは論理を根拠なく否定する「論理に対する嫌悪」です。

<事例2>民主党政権の財政・経済運営

<事例2>参・財政金融委員会 2010/04/27

亀井静香内閣府特命担当大臣(金融):こういう状況をどう打破するかを簡単に言うと、もう金を使おうという状況、これは設備投資を含めて、あるいは消費を含めて、いろんな形でそういう状況を、民間に任せておいてはこれがどうにもならぬときであれば、政府が支出によって刺激を与える、あるいはまた自らそうした内需を創出をしていく、政府支出そのものによって。これはもう当たり前のことなんです、これは。財政・経済運営なんというものは今始まったことじゃないんです、太古の昔からあるんですよ。江戸時代だって、平安だって、奈良時代だって、ずっとあることなんです。それを、小難しい理屈を並べてもっともらしいことをやっているうちに民の生活はだんだんと窮していっている、こんな愚かなことを私はやはりやるべきではないと。幸い、聡明な、先見性のある菅(直人)大臣(副総理・財務大臣)がいらっしゃいますから、私は大いに期待をしておるわけであります。

帰納原理は必ずしも真であるとは限りませんが、これを根拠なく罵り、経済学の基本である乗数効果も知らなかったド素人の菅直人財務大臣の【勘 intuition】のみで血税の運用を決定していた民主党政権は恐ろしい政権であったと言えます(笑)。

<事例3>福島第一原発の処理水

<事例3>毎日新聞2020/02/03

■福島原発の処理水処分 地元との対話が不可欠だ

経産省の試算では、保管されている全量を1年間で放出すると仮定した場合、トリチウムによる被ばくは自然界の放射線による被ばくの1000分の1以下だという。だが、この問題の受け止め方は一様でない。理屈ばかりを振りかざして処分を急げば、新たな風評被害を生むだけだ。

論証は、特定の情報を前提として特定の原理に基づいて結論を得る行為であり、正しい情報を正しい原理に適用させる、すなわち正しく理屈をこねる限りにおいて、その結論は理屈を振りかざすものではありません。日本の特定のマスメディアは、福島原発の処理水が科学的に安全であることの報道を怠る一方で「理屈ばかりを振りかざして処分を急ぐ」などという報道を繰り返して新たな風評被害を生む元凶となっています。