情報操作と詭弁ー論点の誤謬

黙契の誤謬

情報操作と詭弁論点の誤謬論点混同黙契の誤謬

黙契の誤謬

Fallacy of tacit agreement / argument from silence

言説に反対しないことを言説に賛成することと混同する/
言説に賛成しないことを言説に反対することと混同する

<説明>

「黙契の誤謬」は、言説を否定(補完)することと言説の反対を肯定することを混同する[否定と反対の混同]の変化形です。「黙契の誤謬」とは「言説に対して沈黙している」という状態を「言説に反対していない」と勝手にみなした上でその否定と反対を混同して「言説に賛成している」という結論を導く、あるいは「言説に対して沈黙している」という状態を「言説に賛成していない」と勝手にみなした上でその否定と反対を混同して「言説に反対している」という結論を導くものです。当然のことながら言説に対して沈黙している人は言説に反対も賛成もしていませんが、詭弁を使うマニピュレーターは、この混同につけこんで、前提を意図的に解釈することで自分にとって好都合な結論を導きます。

誤謬の形式

SPである。
(沈黙している)
反対しないということはSPである証拠である。

SPである。
(沈黙している)
賛成しないということはSPでない証拠である。

<例>

<例>

会長:わが社に残された道は他社との合併しかない。
社長:大丈夫です。合併は必要ありません。
会長:重役一同も合併しかないと思っているはずだ。そうだろ。
重役一同:・・・・・
会長:ほら見ろ。彼らが反対しないということは認めたということだ。
社長:いいえ。賛成しないということは認めていないということです。

重役一同が沈黙していることについて、会長と社長は対称的な解釈を根拠にして対称的な結論を導いています。このような一意に定まらない基準に基づく解釈は根拠として相応しくありません。事実として言えることは、重役一同は反対も賛成もしていないということです。

<事例1>個別の事案

<事例1>衆・予算委員会 2019/02/21

今井雅人議員(無所属):大臣として、こういう問題(自民党・田畑議員の性的暴行疑惑)にどういうふうに取り組まれますか。

片山さつき内閣府特命担当大臣:御指摘の報道は、私も承知をしております。ただ、個別の事案につきまして政府としてコメントするということは控えたいと思いますが、その上で申し上げますと、女性に対する暴力は重大な人権侵害で決して許される行為ではございませんで・・・

今井議員:今、聞いておりましたけれども、いかに思いがないかということがよくわかりましたね(中略)。このことに対して「個別の案件には答えられません」と言ったら、もうこの問題に対して真剣に取り組んでいないということになりますよ

三権分立の日本では、憲法・刑事訴訟法・刑事確定訴訟記録法などの趣旨を踏まえ、司法が関わる個別の事案に対して行政が言及を差し控えるのは常識です。今井議員は、そのことを承知の上で回答不可能な質問を行い、回答がないことを根拠にして「片山大臣が問題について真剣に取り組んでいない」という結論を導いています。このような回答不可能な個別の事案に関する認識を質問し、回答しないことを根拠に行政を非難する無駄な国会質疑は野党の常套手段です。

<事例2>北方領土交渉

<事例2>衆・予算委員会2018/12/04

白眞勲議員(立憲民主党):北方四島は我が国固有の領土でしょうか。

河野太郎外務大臣:政府の法的立場に変わりはございません。

白議員:では、政府の法的立場って何ですか。

河野大臣:これから交渉を加速化させようということでございまして、政府の考え方その他を交渉外の場で申し上げるのは差し控えるというのが政府の方針でございますので、御理解をいただきたいと思います。

白議員:いや、それはおかしいですよ。我が国固有の領土である北方領土を大臣は否定されることになりますよ。とんでもないです。交渉事だといっても、当然、我が国の領土であるという前提の下に交渉するのは当たり前じゃありませんか。スタート地点がどこなのかという感じが私はしておりますけれど、もう一つ聞きましょう、じゃ。まさか二島マイナスアルファということはないですよね。

河野大臣:これから交渉に臨むわけでございまして、そこは御理解をいただきたいと思います。

白議員:いや、それにしても、二島マイナスアルファも答えられませんということになったら、それもありというふうになっちゃいますよ

白議員は河野大臣が北方領土交渉に対する政府の考え方を差し控えることを根拠に「大臣は北方領土を否定した」「二島マイナスアルファもありだ」と主張しています。河野大臣は立場を何も語っていないに過ぎません。交渉においては、コミットメントを除けば、交渉相手に考え方を読まれないこと、および選択肢が多いことが戦略上重要なポイントとなります。日本の国会議員がこのような認識を声高らかに主張していることは、ロシアにとって願ってもない交渉カードとなります。残念ながら、白議員の質問は日本の国益を損なうものです。

<事例3>モリカケ桜の説明責任

<事例3a>朝日新聞 2017/05/17

安倍晋三首相の知人が理事長を務める学校法人「加計学園」(岡山市)の獣医学部新設をめぐり、文部科学省が内閣府から首相の意向と言われたとする記録を文書にしていた問題で、民進党は17日、この問題を調査してきた党のプロジェクトチーム(PT)を拡大し、疑惑の追及を強化する方針を決めた。(中略)蓮舫代表は国会内であった党会合で、「首相への忖度、首相のお友達だけに特別の配慮がなされていた疑惑は深まった国民には知らせないでいいという首相の態度は絶対に許してはいけない」と指摘。

<事例3b>朝日新聞 2019/03/07

森友問題をめぐる国会の審議は乏しい。6日の参院予算委員会では野党から質問が出たが、議論は深まらなかった。安倍首相は「司法の手が入り、処分もされた。麻生(財務)大臣のもとで検証が行われ、処分もなされた」と答弁し、問題は決着済みとの認識をにじませた。安倍首相の妻昭恵氏は、森友学園が開校を目指した小学校の名誉校長に就いていた。このことが問題の背景にあるのでは、という疑念は消えない。幕引きは許されない。国会が問われている。

<事例3c>朝日新聞 2019/11/30

素粒子

ア あざとい対応が目に余る
ベ 弁明は言いたいことだけ
ソ 率先して説明しないのは
ウ 後ろめたさがあるから
リ 李下に冠を正したからか

サ 遡れば「森友・加計」も
ク 繰り返してた公文書廃棄
ラ 乱暴な国会軽視も同じだ

森友問題・加計問題・桜を見る会問題について、安倍晋三首相はその関与を否定しましたが、野党やマスメディアは「安倍首相は自分が関与していない説明を十分していない」という認識を根拠にして「疑惑が深まった」「後ろめたいところがある」という結論を導きました。ここで重要なのは、疑惑の挙証責任があるのは疑惑の追及側であり、事実がなかったことを追及される側が潔癖を証明することはできません。これは【悪魔の証明】と呼ばれるものです。説明できないものを説明しないとして疑惑の証拠のように扱うのは明らかに誤っています。

<事例4>控えめで謙虚な日本外交

<事例4>参・予算委員会 2014/02/05

安倍晋三内閣総理大臣:外交においては、控えめで謙虚な姿勢、謙虚な姿勢というのは、この人はハンブルな人だなという評価を得ることもございますが、しかし、国益を懸けた交渉の上においては、これはほとんど意味を成さないんだろうと思うわけでありまして、しっかりと、反論しないことはそれを事実上受け入れたことになってしまうわけでありますし、主張しなければ誰も振り向かないわけであります。我が国は、戦後、徳をずっと積んできたわけでございますが、しっかりと徳を積んできたことも、そしてその姿勢も我々はアピールしていかなければいけないわけでありますし、何といっても日本は民主主義の国でありますし、自由を尊ぶ国である、そして何よりも法の支配を尊重する国であります。そうした日本の姿、日本の美徳、守ってきた価値、これはしっかりとこれからも国際社会にアピールをしていかなければいけませんし、これから日本が何をやろうとしているかということについてもしっかりと発信をしていく必要があるんだろうと思います。

間違いやすいのですが、「黙契の誤謬」による攻撃を受けた場合、あるいは過去に攻撃を受けてきた場合には、沈黙していることは合理的な行動ではなく、その攻撃が「黙契の誤謬」であることを指摘して抗議することが重要です。さらに一般化して言えば、「黙契の誤謬」に限らず、「誤謬」によって攻撃を受けた場合には、その攻撃が「誤謬」であることを指摘して抗議することが重要です。

非常に残念なことに、日本以外のほとんどの国々では「黙契の誤謬」を誤謬と認識している人はごく一部です。このため、日本が外国の政府やメディアから不当な批判を受けた場合、あるいは日本メディアが日本を貶める不当な国際報道を行った場合には、日本政府はその都度、論理的な根拠を示して英文で抗議するのが妥当です。