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Appeal to prejudice
論者の偏見を根拠に論者/論敵の言説を肯定/否定する
<説明>
「偏見に訴える論証」とは、論者が個人の【偏見 prejudice】を根拠にして、自分の言説を無批判に肯定する、あるいは論敵の言説を無批判に否定するものです。
個人が他人に持つ負の感情として【不快 displeasure】【嫌悪 disgust】【軽蔑 comtempt】があり、その強い感情がそれぞれ、【怒り anger】【憎悪 hate】【差別 discrimination】であることを述べました。これらの負の感情の作用によって、ある属性の人はある特徴をもつと十分な根拠なしに偏った思い込みをしてしまうのが【偏見】です。言い換えれば、偏見とは、特定の属性に対する負の感情が生みだす負の【ステレオタイプ stereotype】のことです。
ここで、ステレオタイプとは、属性を根拠とする偏った思い込みの特徴のことをいいます。例えば、日本において、航空機の客室乗務員のステレオタイプは女性ですし、トラック運転手のステレオタイプは男性です。しかしながら、実際には男性の客室乗務員も存在しますし、女性のトラック運転手も存在します。ちなみに「航空機の客室乗務員は女性が多い」「トラック運転手は男性が多い」は統計的事実であり、偏見ではありません。
論者Aは属性Xをもつ。
属性Xには負の特徴Yがある。
したがって論者Aは負の特徴Yをもつ。
ゆえに論者Aの言説は誤りである。
<例1>
政治家は金儲けしか頭にない。日本に政治家は要らない。
金儲けしか頭にない政治家は存在する可能性はありますが、政治家という属性を持つすべての個人が金儲けしか頭にないという根拠を示すことは不可能ですし、その蓋然性も低いと考えられます。俸給額に限度があると同時に、政治資金を社会から監視される政治家は、金儲けには適さない職業と考えられるからです。
<例2>
訪日外国人旅行者は迷惑な存在だ。日本に来るな。
これは、ありがちな外国人ヘイトです。文化の違いから、迷惑をかける訪日外国人旅行者は確実に存在しますが、そのすべてが迷惑な存在とはいえません。訪日外国人旅行者のマナーは数年前に比べればかなり改善されています。そもそも日本の海外旅行者も、文化の違いから過去に外国で迷惑をかけることが少なくありませんでした。もちろん、訪日外国人旅行者に日本の法律・マナーを守るよう促すことは重要です。しかしながら、日本の法律・マナーを守っている大部分の訪日外国人旅行者を一部の迷惑をかけている訪日外国人旅行者と十把一絡げにするのは偏見に他なりません。
<事例>劣等民族
<事例a>ナチスドイツ・国家宣伝省・指令番号1306 1939/20/24
ポーランド人は劣等民族に等しいことを乳搾り女に至るまであらゆるドイツ人にはっきりと理解させなければならない。ポーランド人・ユダヤ人・ジプシーは同等の劣等レベルにある。あらゆるポーランド人は労働者であれ知識人であれ害虫のように扱われるべきであることをあらゆるドイツ市民の潜在意識に刻まれるまではっきりと説明しなければならない。
It must become clear to everybody in Germany, even to the last milkmaid, that Polishness is equal to subhumanity. Poles, Jews and Gypsies are on the same inferior level. This must be clearly outlined… until every citizen of Germany has it encoded in his subconsciousness that every Pole, whether a worker or intellectual, should be treated like vermin.
ナチスドイツの【ナチズム nazism】とは民族の優劣を根拠にした覇権主義です。すなわち、最も上等な民族であるアーリア人種のゲルマン民族が劣った諸民族を支配するとするものであり、ユダヤ人を蔑視して嫌悪する【反ユダヤ主義 antisemitism】の発展形ともいえます。劣った民族の蔑称として【劣等民族 Untermensch / underman】があります。これはフリードリヒ・ニーチェの【超人 Ubermensch / beyond-man / superman】に倣ったとされ、人間未満の【亜人間 subhuman】とも表現されます。まさに現代史における最大の偏見であったといえます。この偏見はユダヤ人の絶滅を目的とした【ホロコースト the holocaust】の中心原理となります。
<事例b>ヨーゼフ・ゲッベルス日記 1941/12/13
ユダヤ人問題に関して、総統(ヒトラー)は問題を解決する決断をした。彼はユダヤ人がもし再び世界戦争を引き起こしたら、ユダヤ人は破滅することになるだろうと預言した。これは単なる言葉ではなかった。世界大戦は実際に起こった。ユダヤ人の破滅は必然の結果に他ならない。この問題を考えるにあたっては、いかなる感情も排除しなければならない。私たちはユダヤ人に同情すべきではなく、私たちドイツ人に同情すべきだ。もしドイツ人が東部戦線で160万人の死者を出したとしたら、血の争いの首謀者たち(ユダヤ人)は命をもって代償を支払わなければならない。
Joseph Goebbels: Bezuglich der Judenfrage ist der Fuhrer entschlossen, reinen Tisch zu machen. Er hat den Juden prophezeit, das, wenn sie noch einmal einen Weltkrieg herbeifuhren wurden, sie dabei ihre Vernichtung erleben wurden. Das ist keine Phrase gewesen. Der Weltkrieg ist da, die Vernichtung des Judentums mus die notwendige Folge sein. Diese Frage ist ohne jede Sentimentalitat zu betrachten. Wir sind nicht dazu da, Mitleid mit den Juden, sondern nur Mitleid mit unserem deutschen Volk zu haben. Wenn das deutsche Volk jetzt wieder im Ostfeldzug an die 160.000 Tote geopfert hat, so werden die Urheber dieses blutigen Konflikts dafur mit ihrem Leben bezahlen mussen.
さて、今日、このような虐殺の歴史を生んだ「劣等民族」という偏見の言葉を軽口で使う自称ジャーナリストが存在します。
<事例c>TouTubeチャンネル『ポリタスTV』 2024/09/27
津田大介氏:明後日の土曜日に僕は広島へ行きます。広島に行って広島でこんな講演をします。「人々はなぜ自民党に入れ続けるのか」(後略)
青木理氏:すごいね。ほんとよくこんなテーマで。一言で終わりそうじゃない。
津田大介氏:何ですか?
青木理氏:劣等民族だから(一同笑)
日本の選挙における有権者は日本人であるので、「劣等民族」は日本人を構成する諸民族に対する蔑視であり、偏見に他なりません。青木氏は、この偏見に訴えて、有権者が自民党に投票することを否定しています。この場合に「劣等民族」は属性、自民党に入れ続ける有権者は「劣等民族」のステレオタイプということになります。つまり青木氏は、日本人を「劣等民族」と差別した上で、自民党に入れ続ける行為を劣等民族の特徴として貶めたのです。