情報操作と詭弁 > 論点の誤謬 > 論点歪曲 > 強制区分の誤謬
Suppressed correlative / Lost contrast / Fallacy of the suppressed relative
自説に都合よく事物を強制的に特定のカテゴリーに区分する
<説明>
「強制区分の誤謬」とは、論者が事物の区分方法を再定義して強制的に特定のカテゴリーに区分することで論者に都合がよい結論を導くものです。
事物は、特定の基準によって互いに排他的な2つ(正確には複数)のカテゴリーのいずれか(correlative)として認識されます。例えば、大学の単位認定科目では、100点満点で60点という試験の点数を基準として、60点以上の場合を「合格」、60点未満の場合を「不合格」と定義するのが一般的です。しかしながら、基準とする点数を変えれば、「合格」「不合格」の結果は異なってきます。さらに「合格」「不合格」を区分する基準を0点にすれば、全員が必ず「合格」することになります。
マニピュレーターは、特定の範囲をもって定義されている事物に対して自分に好都合な基準で再区分することによって前提を歪め、自分に好都合な結論を導くのです。
XはY1かY2であり、両者を区分する基準はCAである。
ここで、XがY1となることは論者Aの論調には不都合である。
ここに、論者Aは基準をCBであると主張する。
(基準がCBの場合、常にXはY2となる)
<例>
<例1>
A:今場所の横綱は14勝1敗と強かった!
B:1回負けたので強くない。
<例2>
A:プロ野球で今夜ノーヒット・ノーランが出たよ。凄いね!
B:四球を1個出した。コントロールが悪い証拠だ。凄くない。
<例3>
A:陸上100mでついに9秒5の世界新記録が出たよ。速いね!
B:私のオンボロ自動車はもっと速いので速いとは言えない。
以上の例のように、区分の基準を変えれば、事物を強制的に特定のカテゴリーに割り当てることができます。これを「強制区分の誤謬」と言います。あまりにも当然の帰結ですが、現実世界でこのような区分の歪曲が頻繁に行われています。
<事例1>豊洲市場の地下水
<事例1>共産党都議団記者会見 2016/09/17
尾崎あや子都議(共産党):ベンゼン、シアン、六価クロムについては、明確な数値は出ませんでしたが、猛毒のヒ素については環境基準の4割に及ぶ値で検出されました。
これは、共産党都議団が豊洲市場青果棟の地下で採取した水に関する水質調査の結果を発表した時の言葉です。共産都議団はこの結果について「食の安全・安心に関わる重大問題だ」と強く問題視しましたが、水質の安全・安心の基準は環境基準であり、たとえ9割9分であろうとも、この値を下回った場合には安全・安心といえます(70年間2リットルの水を飲み続けても、水質が原因で病気になる確率は10万人に1人というレベル)。すなわちヒ素が環境基準の4割であるのならその水は安全・安心であるということです。
尾崎都議はこのような事実を隠し「猛毒のヒ素については環境基準の4割に及ぶ値」というフレーズを使って、あたかも水が危険であるかのように認知操作しました。具体的には「ヒ素が環境基準未満であれば安全」という基準を「ヒ素が含まれていれば安全でない」という基準に歪曲したのです。これは「強制区分の誤謬」であると言えます。
この尾崎都議の言葉に多くの国民は騙され、安全・安心な豊洲市場を極度に危険視しました。その結果、築地市場の豊洲市場への移転は大幅に延期され、東京都民の血税が不必要な地盤環境対策に消えていったのです。
<事例2>コロナ緊急事態宣言
<事例2>テレビ朝日『羽鳥慎一モーニングショー』 2021/03/12
羽鳥慎一氏:昨日東京都の感染者数は335人、先週の同じ曜日と比べると先週より増えています。日曜からの5日間を見ると5日間のうち3日間で先週の同じ曜日より人数が増えてしまっているという状況になります。1週間平均で見ると感染者の減り方がどんどん鈍くなってきていてここに来て若干増えたと(前週の週平均269人に対して273人)。
北村義浩氏:誤差まで考えると「下げ止まり」。上がりもしなければ下がりもしない状態が今ずっと続いている。こういう状態というのは、どっち側に転ぶかというのはほんのちょっとしたことで、今後お花見があるかもしれないし、一番危険な状態ですね。
羽鳥氏:尾身会長は緊急事態宣言について「状況が悪くなるということであれば延長(再再延長)になる可能性は当然ある」というコメントをされています。日本医師会の中川会長は下げ止まっている現状について「リバウンドによってさらに大きな第4波を招くおそれがある。宣言期間は期限を定めず延長し、データを見ながら決断するのがあるべき姿だ」という話をしています。
北村氏:元々1月に緊急事態宣言を発令した理由は「医療が逼迫している」ということでしたので、医療の逼迫度がかなり解消されたということでは解除して当然ですが、問題は解除したはいいけどすぐリバウンドしたということになったら何のために解除したのかわからない。
玉川徹氏:僕は、次のリバウンド、いわゆる第4波を防ぐことができたら終息に向かうだろうと思っている。これがいつまでも何回も何回も繰り返していくとは僕は思っていない。この夏前の4カ月を乗り切りれば後は収束に向かうだろうと僕は思っている。ワクチンと変異株と言う話であれば、メッセンジャーRNAワクチンは大丈夫だろうと思っています。なので、この次の山をなるべく低く抑えるというために全精力を傾ければあとは希望が見えてくる。
日本のコロナの第3波のピークは1月初旬であり、1月中旬には実効再生産数が急減して1未満となりました(図-1)。この感染者の減少挙動は世界各国で同時に観測され、コロナの流行の波は、日本国民の気の緩みではなく世界の変異株の発生を要因として起こっていることが認識されました。そんななかで日本政府は「ゼロコロナ」を美徳とするワイドショーの認知操作に完全に洗脳された世論に対して抗することはできず、1月初旬に発動された緊急事態宣言をズルズルと3月になっても続けていました。
図-1 日本のコロナ第3波の感染曲線(2020/12-2021/03)
実際の現象として、医療逼迫は新規陽性者数のピークアウトに2~3週間遅れて解消されていくので、感染曲線の単調減少を見れば、2月初旬には緊急事態宣言を解除できたはずです。それができなかったのは、いつのまにか緊急事態宣言の目的が「医療逼迫を抑止する」ことから「感染者をゼロにする」ことに変わってしまったからです。その結果、「下げ止まりが一番危険な状態」というような本末転倒の解釈が行われるようになったのです。コロナの流行が低調になった時が一番危険なのであれば、永遠に緊急事態宣言は解除できないことになります。これも典型的な「強制区分の誤謬」であると言えます。
ちなみに、この後、世界同時にコロナの新たな流行(日本ではコロナ第4波)が発生しますが、それは、アルファ変異株(いわゆるイギリス株)の発生によるものであり、日本の緊急事態宣言の解除とは明らかに無関係であると考えられます。また、玉川徹氏は第4波でコロナは収束すると自信満々に予測しましたが、実際には、その後にデルタ株(いわゆるインド株)とオミクロン株(いわゆる南アフリカ株)で世界同時の流行が起きることになります。もちろんこれは、気の緩みや人流によって発生するのではありません。日本国民はコロナ分科会とワイドショーに騙されて不必要な自粛をし、経済を破壊すると同時に東京五輪を台無しにしたのです。
<事例3>憲法9条
<事例3a>志位和夫氏twitter 2022/02/26
憲法9条をウクライナ問題と関係させて論ずるならば、仮にプーチン氏のようなリーダーが選ばれても、他国への侵略ができないようにするための条項が、憲法9条なのです。
ロシアのウクライナ侵略が始まった時、日本共産党の志位和夫委員長は、日本の憲法9条は日本に他国を侵略させないためのものであるとtwitterで主張しましたが、裏を返せば、この主張によって、憲法9条は日本を他国の侵略から守るものではないことが露呈したと言えます。
物理的に考えれば、ロシアのプーチンのように、国際社会の道徳に反する行為を躊躇なく実行できる人物にとって、武力を自ら勝手に制限する憲法9条を持つ日本は、コストをかけずに容易に侵略できる好都合な国でしかありません。しかしながら、理想社会に棲んでいる日本の過激なパシフィスト達は、現実社会に棲んでいるプーチンのような不道徳な人物の存在を無視し、以下の例のように「武器を持たなければ戦争にならない」「丸腰が一番安全である」と日本国民に説き続けてきたのです。
<事例3b>許すな!憲法改悪・市民連絡会 2001/05/03
澤地久枝氏:私たちは九条をしっかり、ごまかしで自衛隊との関係はどうなるかということを言わずに、九条を日本語の解釈どおりに解釈をして、考えて憲法を守っていきたい。これは一人ひとりがきっちりと意思をもって守っていかないかぎりずたずたにされます。沖縄問題の解決もその中に含まれます。おたがいがかかえているさまざまな問題もその中に含まれていて、答えは平和しかないです。平和にするためには、武器も軍事条約もいらない。憲法を変える必要もない。
<事例3c>TBSテレビ『サンデーモーニング』 2014/05/11
周防正行氏:憲法にある高い理念を維持する方が今の時代に即している。丸腰でいることの強さを考えるべき。外交の時の日本の最大の武器になるはず
<事例3d>TBSテレビ『サンデーモーニング』 2016/06/02
関口宏氏:九条があったから六十年間、戦争しなかったし、他国からの信頼も得られた。
<事例3e>女性自身 2016/08/15
吉永小百合氏:私、姜先生に、こう質問しました。「『憲法9条を守ってほしい』と友人に言ったら『よその国が攻めてきたらどうするのか』と言われて、言葉に詰まってしまいました。なんと返せばよかったのでしょうか」って。姜先生は、「あの天文学的な軍事力を持っているアメリカでも、9.11のテロを防げなかった。だから日本も、アメリカ以上の軍事力を持たないと、武力で抑止するのはむずかしいし、それは不可能。憲法9条を持っていることのほうが、より安全を守れるんですよ」と答えてくださったんです。
姜尚中氏:あぁ、そんな話をしましたね。
<事例3f>しんぶん赤旗/日本共産党 2022/03/07
田村智子政策委員長・参院比例予定候補がウクライナ問題など政治情勢を報告。憲法9条への攻撃や核兵器共有論に対し「9条は侵略戦争を許さない決定的な力。いまこそ国際世論にアピールしよう」「核兵器は戦争抑止にならない。核兵器廃絶こそ呼びかけるべきだ」と訴えました。
武器を持たなければ戦争にならないというのは言説として真ですが、「強制区分の誤謬」に他なりません。なぜなら、結論の「丸腰が一番安全である」は偽であるからです。武器を持たなければ戦争にはなりませんが、侵略されることになります。侵略されれば、基本的人権である自由権(e.g.精神的自由権・身体的自由権・経済的自由権)も社会権(e.g.生存権・生活権)も制限される確率が極めて高いと考えられます。
いずれにしても極めて不可思議なのは、コロナに関してはゼロリスクを国家に強要する左派が、安全保障に関しては侵略による全リスクを受容する丸腰を国家に強要することです。彼らの敵はコロナでも侵略者でもなく日本政府であると考えるのが論理的な解です。