情報操作と詭弁ー論点の誤謬

ファンタジーの投影

情報操作と詭弁論点の誤謬論点混同ファンタジーの投影

ファンタジーの投影

Fantasy projection

主観的な経験を客観的な事実と混同する

<説明>

「ファンタジーの投影」とは、想像上の主観的な体験を客観的な事実と混同して結論を導くものです。詭弁を使うマニピュレーターは、この混同を無意識あるいは意識的に行うことで、【幻想 fantasy】を自明な前提と見せかけ、自分にとって好都合な結論を導きます。

誤謬の形式

主観的経験Eを客観的事実Fと混同して前提とする。

<例>

<例1>

A:この土地の人々はみんな優しい。
B:そんなふうには思わないけど。
A:あなたの感覚はおかしい。

「この土地の人々はみんな優しい」は、その客観的な証拠を示さない限りA氏の主観的経験である可能性があり、これを客観的な事実と認識して「そうは思わないとするあなたの感覚はおかしい」という結論を導くのは論理的に正しくありません。

<事例1>戦争への道

<事例1a>TBS『サンデーモーニング』 2012/09/30

岸井成格氏:自民党の総裁選で最後に逆転で安倍氏になった。やはり尖閣の日中問題がものすごく大きく保守層の右バネに働いた。そういう風潮がある。「健全なナショナリズム」と「偏狭なナショナリズム」と言うが、偏狭なナショナリズム同士がぶつかると、まさに軍事衝突、戦争、いつか来た道になっちゃう。大不況の後、よく似ているんですよ、二大政党が行き詰って毎年総理大臣が変わる中で敵を外に求めるようになる。中国側も排日運動が起きて盧溝橋事件が起きて戦争に向かった。非常に似ているので非常に心配だ。

<事例1b>TBS『サンデーモーニング』 2013/08/25

橋谷能理子アナ:日曜の夜、テレビの前でスカッとするその裏には何があるのでしょうか。今巷で話題を呼んでいるドラマがあります。日曜夜9時から放送されているドラマ『半沢直樹』。今の日本を見れば、株価は一時期より持ち直したものの景気回復の実感は乏しく、非正規雇用が増加し、格差は拡大、戦後経済成長へとひた走った時代とは打って変わって社会全体を重苦しい閉塞感が覆います。そうした状況を束の間忘れさせてくれる爽快感がこのドラマにはあるのかもしれません。しかし一方でこんな指摘をする専門家もいます。

萱野稔人氏:日本社会が出口のない様々な複雑な問題を抱えている。そういった状況の中で人々は現実を見ないようになってしまう。努力を放棄してしまう。そういう懸念も生じてくる。歴史を見てもそう言うことが繰り返されている。例えば、戦前の日本やナチスドイツの人々が現実の問題を見たくない、現実を否認し続けた結果、ある種の特効薬として支持をした。その中で状況が後戻りができないところまで進んでいってしまった。蓄積された閉塞感が何かのきっかけでマイナスの方向に爆発してしまう可能性は否定できない。国の崩壊まで行きついてしまう側面はある。

これらの事例では「安倍政権になると、戦争になる」「ドラマ『半沢直樹』が話題を呼ぶ社会は、現実を見ずに国の崩壊まで行きつく」という常軌を逸した結論を導いています。幻想を前提にすると、このようにとんでもない結論を得ることも可能なのです。

<事例2>映画が撮れない社会

<事例2>東京新聞 2013/12/25

映画監督・崔洋一氏:外交・防衛・テロ・スパイなどの生々しい人間ドラマを描き、発想・創作するには、企画、シナリオ作りの段階でモデルとなる人物との接触や取材が不可欠だ。特定秘密保護法のもとでは、そのモデルが秘密漏えいをしたとされ、監督も秘密を聞き出そうとしたとして双方が罪に問われる可能性がある。極端に言えば、007もミッション・インポッシブルなどの娯楽作品も作れなくなる。

映画監督が、個人の主観的経験を客観的事実と混同して特定秘密保護法に反対した事例です。そもそも「生々しい人間ドラマ」はあくまでも創作であり、事実ではないので秘密にはなりません。空想することは個人の自由ですが、無限の可能性がある空想を前提に結論を導くのは論理的な誤りです。

<事例3>アイ・アム・ノット・アベ

<事例3>テレビ朝日『報道ステーション』 2015/01/23

古賀茂明氏:安倍さんは、やはり、イスラム国と戦っている有志連合の仲間に入れてほしい。正式なメンバーまではなれないけど、仲間と認知してほしい。そのためには、本当は空爆したりとかイラクに武器を供与したりとかできればいいが、これはできない。でもそれをやりたい。それをやるために何ができるかというと人道支援しかできないと。人道支援をあたかも「イスラム国と戦うための支援なんです」というふうに表現してしまう。で、それをおもいきり宣伝してしまうことをやったんだろうなと思います。ある意味、目標は達成したと思う。米国や英国は多分「安倍さんはもうテロなんかに屈しない」と。「テロと戦う人のためにお金を出します」と言ってくれるのは非常に評価していると思いますし、今はまさに「あなたは仲間ですね」「じゃあ最後まで屈しないで身代金なんて払わないで頑張ってくださいね、みんなで応援しますからね」とどんどんどんどん今引き込まれている。安倍さんは「有志連合に入りたいんだ」あるいは「そういう国なんだ」と言いたいかもしれないが、そんなことは日本は憲法もあるのでできない。世界の人たちには「米国の正義というのを日本の正義だと思い込んでいるんじゃないか」あるいは「米国や英国と一緒なんだと、そういう国だぞ」と思われてしまいつつある。それに対して私たちは「いやそうじゃないんです」「だって日本は今まで戦後ずっと戦争をしてませんよ」「憲法では、日本のことを攻めてこないような人たちのことを一方的に敵だなんて絶対思いませんよ」「なるべく多くの人と仲良くしたいんですよ」「こういう国が日本なんですよ、日本人なんですよ」ということを、もう一回ここで世界にアピールしていく必要がある。今回は、そういう日本のイメージの全く逆の方にイスラム国にうまく利用されて、みんなイスラム諸国の人たちも「いや、なんか日本って結局米国なのか」みたいな「Japan is the United States」みたいな。それに対して我々は、例えば「いや、安倍さんはそういう印象を与えちゃったかもしれないけども違うんですよ」と。「Je suis Charlie」っていうプラカードを持ってフランス人が行進しましたけど、私だったら「アイ・アム・ノット・アベ(I am not Abe)」というプラカードを掲げて「日本人は違いますよ」「そんなことじゃない、本当に皆と仲良くしたいんです」「決して日本は、攻めてない国に対して攻撃するとか敵だっていうそういうことは考えない国なんです」というのをしっかり言っていく必要がある。

古賀氏は、安倍首相・米国・英国・イスラム国・世界の人々などの主観的体験を自分の主観的体験として空想し、これを事実と認定することで「私たちはアイ・アム・ノット・アベと言っていく必要がある」という結論を導いています。わずか数年前には、このような個人の妄想が報道として普通に流れていたのです。

<事例4>戦争法案

<事例4a>TBS『サンデーモーニング』 2015/07/19

目加田説子氏:安保法案はアメリカと一緒に戦争するという法案だ。

<事例4b>朝日新聞 2015/07/25

瀬戸内寂聴氏:戦争にいい戦争はない。あらゆる戦争は大量殺人。安保法制に反対して絶対に廃案にしてほしい。最近の国の状態を見ていると再び戦争が起こりそうな不安がある。死ぬまで、戦争をしてはいけないと叫び続けていきたい。(私の)どの小説・随筆にも戦争反対の思いがあり、それを書くために生きてきたと思います。

<事例4c>TBS『サンデーモーニング』 2015/08/23

岸井成格氏:実際は直接日本の防衛のためではなくて、自衛隊をいつでもどこでも戦闘地域に送り出して武力行使できるようにするのが安保法案の目的だ。これを通すことは容認できない。

<事例4d>TBS『サンデーモーニング』 2015/09/13

青木理氏:安保法制によって、局地的な紛争が起きたりテロが起きたり自衛隊に戦死者が出ると国民もメディアも熱狂する。国家機能を強化する法案が本格的に駆動した時に恐ろしい監視国家・管理国家になりかねない。今のうちにダメなものはダメと抵抗しておかないと取り返しがつかなくなる。

<事例4e>TBS『サンデーモーニング』 2015/09/20

半田滋氏:今まで自衛隊が参加できなかったような他国を防衛する訓練にまで参加していくことになるので、防衛費が増えて自衛隊が武力で物事を解決する組織に変わるということになれば、日本を起点とした東アジアの軍拡競争が始まって世界は不安定化していく。

これらの事例は、法の制約条件を無視した幻想をあたかも必然の事実であるかのように振りかざして安保法制に反対したものです。法案の審議時には、このような幻想を大東亜戦争やナチスドイツの記録映像と共に紹介する一方的なテレビの偏向報道に多くの大衆がミスリードされ、法案反対の世論形成が行われましたが、時間の経過とともに「日本が侵略戦争を起こす」という事象の実現可能性が極めて低いこと、ならびに東アジアの安全保障環境が極めて劣悪であることを大衆が認識するようになり、安保法制は国民の支持を受けるようになります。

<事例5>マイナンバー制度

<事例5>TBS『サンデーモーニング』 2015/10/11

目加田説子氏:知り合いの年配の方が、マイナンバー制度で預金情報などの個人情報がすべて丸裸にされてしまうことに危機感を抱いて、預金をおろしてタンス預金化した。それを狙う空き巣も増えているという話を伺った。制限をどこに設けるのか議論しないと、とても不安でこの制度をこのままスタートしてはいけない。

これは、目加田氏の知り合いの高齢者が「マイナンバー制度で預金情報などの個人情報がすべて丸裸にされる」という幻想を事実と混同したことによって発生した出来事を目加田氏がテレビ放送を通して流したものです。少なくとも、この時点でマイナンバーへの預金口座の適用は任意であり、高齢者の幻想は明らかな誤りと言えます。これは公共の電波を使ったデマの拡散であり、マイナンバー制度に対する不当な批判に他なりません。

<事例6>空想的平和主義

<事例6>女性自身「吉永小百合と姜尚中が緊急対談」 2016/08/15

吉永小百合氏:私、姜先生に、こう質問しました。「『憲法9条を守ってほしい』と友人に言ったら『よその国が攻めてきたらどうするのか』と言われて、言葉に詰まってしまいました。なんと返せばよかったのでしょうか」って。姜先生は、「あの天文学的な軍事力を持っているアメリカでも、9.11のテロを防げなかった。だから日本も、アメリカ以上の軍事力を持たないと、武力で抑止するのはむずかしいし、それは不可能。憲法9条を持っていることのほうが、より安全を守れるんですよ」と答えてくださったんです。

姜尚中氏:あぁ、そんな話をしましたね。

「9.11のテロを防げなかった」ことを根拠に「戦争を武力で抑止するのは不可能」とするのは、一つの事例を根拠にすべてを一般化する【軽率な概括 hasty generalization】ですが、「憲法9条を持っていることのほうが、より安全を守れる」という結論は、姜氏が自身の主観的体験を客観的事実と混同した「ファンタジーの投影」に他なりません。事実、憲法9条はオウムという私的集団によるテロも防ぐことはできませんでした。中国・北朝鮮がいつでも日本を核攻撃することが可能な中、このような実態を持たない「空想的平和主義」が有効である証拠はありません。

<事例7>共謀罪

<事例7a>「共謀罪法案の廃案を求める4・6大集会」 2017/04/06

福島みずほ議員(社民党):みなさん達がここで黙っていたらそれだけで共謀が成立します。目配せだって共謀なんです。死んでいない限り共謀罪が成立する。

<事例7b>朝日新聞 2017/05/15

青木理氏:共謀罪を導入しても、テロが起きる可能性はある。そのときが怖い。社会がファナチック(狂信的)になり、メディアや社会も一緒になって「もっと捕まえろ」「もっと取り締まれ」と暴走するのではないか。オウム事件を取材していた時を思い出す。警察はあらゆる法令を駆使して信者を根こそぎ捕まえた。当時、幹部が「非常時だから、国民の皆様も納得してくれる」と話していた。公安警察的な捜査対象が際限なく広がる。誰だって安心して暮らしたいが、日本人1億数千万人を24時間徹底的に監視すればいいのか。安全安心を究極的に追い求めれば、自由やプライバシーは死滅する。果たしてそれでいいのだろうか。

テロ等準備罪は、暴力団の組織や活動の実態を前提とし、かつ、事前に綿密な相談がある場合でなければ、目くばせだけで成立することはありません。また、日本人1億数千万人を24時間徹底的に監視することなどどう考えても物理的に不可能な幻想に他なりません。